抗生物質

他の微生物の繁殖を阻害する物質

抗生物質(こうせいぶっしつ、英語: antibiotics)とは、微生物が産生し、ほかの微生物の発育を阻害する物質と定義される。広義には、微生物が産生したものを化学修飾したり人工的に合成した抗菌薬、腫瘍細胞のような微生物以外の細胞の増殖や機能を阻害する物質を含めることもある[1]。また、抗生物質の作用を利用した薬剤を指して抗生剤と呼ばれることもある。

培地上での実験。抗生物質を含むディスクでは、黄色ブドウ球菌の繁殖が抑制される。菌が繁殖していない円形の部分を阻止円と呼ぶ。

アレクサンダー・フレミング1928年アオカビから見つけたペニシリンが世界初の抗生物質である。ペニシリンの発見から実用化までの間には10年もの歳月を要したものの、いったん実用化されたのちはストレプトマイシンなどの抗生物質を用いた抗菌薬が次々と開発され、人類の医療に革命をもたらした。ペニシリンの開発は20世紀でもっとも偉大な発見のひとつで「奇跡の薬」と呼ばれることがあるのも、このことによる[2]

1990年頃には、天然由来の抗生物質は5,000〜6,000種類があると言われ、約70種類(微量成分を含めると約100種類)が実用に使われている。この他にも半合成抗生物質も80種が利用されている[1]。しかし乱用が指摘されており、抗生物質処方の50%以上は不適切であるとOECDは報告している[2]。WHOやアメリカ合衆国のCDCはガイドラインを作成し、適切な利用を呼び掛けている。日本の厚生労働省も2017年ガイドライン第1版を公開した[3]薬剤耐性菌を生む問題があり、感染症でもないのに使用することを戒めている[3]

名称と定義編集

抗生物質という単語の定義には揺れがあるが、日本の厚生労働省は類義語と合わせて『抗微生物薬適正使用の手引き』[3]の中で次のような定義を示している。

抗微生物薬(antimicrobial agents, antimicrobials):微生物(一般に細菌、真菌、ウイルス、寄生虫に大別される)に対する抗微生物活性を持ち、感染症の治療、予防に使用されている薬剤の総称。ヒトで用いられる抗微生物薬は抗菌薬(細菌に対する抗微生物活性を持つもの)、抗真菌薬、抗ウイルス薬、抗寄生虫薬を含む。

抗菌薬(antibacterial agents) :抗微生物薬の中で細菌に対して作用する薬剤の総称として用いられる。

抗生物質(antibiotics):微生物、その他の生活細胞の機能阻止又は抑制する作用(抗菌作用と言われる)を持つ物質であり、厳密には微生物が産出する化学物質を指す。

抗生剤:抗生物質の抗菌作用を利用した薬剤を指す通称。
厚生労働省健康局結核感染症課、抗微生物薬適正使用の手引き 第一版

ただし、上の手引きでも言及されているように、また後述する様に、抗菌薬、抗生物質、抗生剤の3つは細菌に対する作用を示す薬剤の総称として厳密には区別されずに使用されている。この記事内においてもこれらの用語を厳密には区別せず、包括的に取り扱う。

抗生物質 (antibiotics) の単語を初めて定義したのは、抗生物質の一種ストレプトマイシンを発見してノーベル賞を受賞したたセルマン・ワクスマンである。彼は「微生物が産生し、ほかの微生物の発育を阻害する物質」の名称として抗生物質の単語を定義した[4]

近年では化学合成で生産されるものや、天然の誘導体から半合成されるものもある[1]。ワクスマンは微生物によって産生される物質を抗生物質と定義したが、多くのβラクタム系抗菌薬やマクロライド系抗菌薬に代表される、天然物へ人工的に修飾を加えた半合成の抗菌薬も抗生物質と呼ばれる[5]。また、ピリドンカルボン酸系(キノロン系ニューキノロン系)やサルファ剤など、完全に人工的に合成された抗菌性物質は、厳密には抗生物質には含まず「合成抗菌薬」と呼ぶが、抗生物質として扱われることもある[4][5][6]

一方、アクチノマイシンのように、微生物が産生し、「ほかの微生物」のみならず抗腫瘍活性を持つ抗生物質も存在する[7]

なお、アルコールなどの消毒薬 (disinfectant) も微生物を死滅・不活化させる働きを持つが、一般に強い毒性を持つために服用はできず、抗生物質を含めた抗菌薬とは区別される[8]

分類編集

 
各抗生物質が細菌の細胞内におけるどの分子を標的とするか示した模式図

抗生物質の分類は、化学構造からの分類と作用による分類の2つがある[1]。前者は新しい抗生物質の分類ができず、後者では作用機序が厳密に調べられていない抗生物質が分類できないことがある。従って両者を考慮した分類が理想的とされる[9]

化学構造からの分類では、β-ラクタム系アミノグリコシド系マクロライド系テトラサイクリン系ペプチド系、核酸系、ポリエン系などに大別されるが、さらに細かくペニシリン系、セフェム系モノバクタム系を加える場合もある[1]

作用からの分類では、抗細菌性、抗カビ真菌)性、抗腫瘍性などに分けられる。用途を重視する場合は、医療用、動物用、農業用などで分類される。作用域から、広範囲・狭域で区分される事もある[1]作用機序から、細胞壁作用性などの呼称もある[1]

細菌に対する作用機序による抗生物質の分類の一例としては、細胞壁合成阻害薬、タンパク質合成阻害薬、核酸合成阻害薬の3つに大きく分けるものがある[10]。また、葉酸代謝阻害薬を加えて4つに分類することもある[5]

細胞壁合成阻害薬編集

細胞壁合成阻害薬に分類される抗生物質としてβラクタム系、ホスホマイシンバンコマイシンがある。

細胞壁の合成経路編集

ほとんどの細菌は細胞膜の外側に細胞壁と呼ばれる構造を持つが、動物細胞はこれを持たない。細菌は一般にグラム染色の染色像によりグラム陽性菌とグラム陰性菌に分類され、両者は細胞壁の構造の違いから区別されるが、いずれの細胞壁も共通してペプチドグリカンという高分子を構成成分として持つ。細菌の細胞は高い内部浸透圧を持ち、ペプチドグリカンはこの浸透圧から細菌を保護する働きを持つ。従ってペプチドグリカンを欠く細菌は細胞膜が破裂して死んでしまう[6]

細菌の細胞壁はムレインとも呼ばれ、2つのアミノ糖と10個のアミノ酸から構成されるムレインモノマーがレンガのように組み立てられることで細胞壁が構成される。ムレインモノマーは細胞内で合成された後に細胞外へ輸送され、グリコシルトランスフェラーゼ (GT) と呼ばれる酵素とペニシリン結合タンパク質 (PBP) と呼ばれる酵素の両者の働きによって既存の細胞壁へ架橋され、細胞壁の合成が進められる。この2つの酵素は必ずしも別の酵素であるとは限らず、大腸菌の場合はPBPが2つの酵素の働きを兼ねる。細胞壁合成阻害薬のうち、β-ラクタム系とバンコマイシンはPBPの作用を阻害するが、ホスホマイシンは細胞内におけるムレインモノマーの合成を阻害する[6]

β-ラクタム系編集

 
βラクタム系の代表格、ペニシリン系の骨格。赤く示された部分がβラクタム環である。左上のRがペニシリン系の側鎖であり、側鎖を変更することで様々なペニシリン系の誘導体が開発された。
 
βラクタム系の下位分類であるセフェム系の骨格。ペニシリン系と異なりラクタム環に付随する環は六員環である。また、改変しうる側鎖を二つ持つ点でも異なる。

β-ラクタム系の抗生物質は最も普及した抗生物質で、アメリカ合衆国で処方される抗菌薬の65%はこの系統に属する。β-ラクタム系の中でもセフェム系は特に処方されることが多く、β-ラクタム系の処方のうちおよそ半分はセフェム系の抗生物質である[11]

β-ラクタム系はPBPの作用を阻害することでその薬理効果を発揮する。PBPは、ムレインモノマーの分子中に存在するD-アラニル-D-アラニンを認識して架橋を形成し細胞壁の合成を進めるため、D-アラニル-D-アラニンは細胞壁合成において重要な役割を果たす。ペニシリンに代表されるβ-ラクタム系の抗菌薬はこのD-アラニル-D-アラニンに類似した構造をしているため、PBPに結合し、PBPはムレインモノマーに結合できなくなってしまう。結果的に細胞壁の架橋が不十分になり、細菌は破裂死する。これがβ-ラクタム系の作用機序である[6][10]

β-ラクタム系はその名の通り、β-ラクタム環と呼ばれる構造を持っている。β-ラクタム系ではこれに付随する側鎖の構造を変えることで抗菌スペクトルが異なる様々な抗菌薬が派生して開発されている[6]。副作用は主にアレルギー反応であり、特にアンピシリンセファレキシンの組み合わせの様に側鎖が類似したペニシリン系とセフェム系同士では交差アレルギー反応が発現しやすい。一方、ペニシリン系やセフェム系と異なり、β-ラクタム環に付随する5員環または6員環を持たないモノバクタムはアレルギー反応が少なく、ペニシリンに対しアレルギーを示す患者にも使用される[11][12][13][14]

バンコマイシン編集

 
バンコマイシンの構造式

β-ラクタム系がPBPと結合して細胞壁の合成を阻害するのに対し、バンコマイシンはムレインモノマーの一部であるD-アラニル-D-アラニンと結合し、GTによるムレインモノマーの重合を阻害することで作用するとされる。分子が大きいため細胞外膜を通過しにくいという難点や副作用から「最後の手段」と呼ばれることもあるが、β-ラクタム系と作用機序が異なるため、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌の様にβ-ラクタム系の抗菌薬に対し耐性を示す細菌の感染に対し、治療薬として使用される[6][15]

ホスホマイシン編集

上記2系統の細胞壁合成阻害薬と異なり、ホスホマイシンはムレインモノマーの部品となるN-アセチルムラミン酸の産生を阻害する。β-ラクタム系と併用することで相乗効果を示す[6][16]

タンパク質合成阻害薬編集

 
マクロライド系の代表例、エリスロマイシンA
 
テトラサイクリンの構造式

生物のDNAに保存された情報は転写によりmRNAに変換され、mRNAは翻訳されてタンパク質の合成に用いられる。リボソームはタンパク質合成の場であり、細菌の場合70Sリボソームが30Sサブユニットと50Sサブユニットの組み合わせによって構成される[10]。細菌のリボソームはヒトのリボソームとは部分的に異なった構造を持つため、タンパク質合成阻害薬は細菌のリボソームに高い親和性を持って作用する。タンパク質合成阻害薬の選択性は単に親和性に依存しており、量的な選択毒性を示す[6]。タンパク質合成阻害薬はその阻害対象によって30Sサブユニットを対象とするものと、50Sサブユニットを対象とするものの二つに大きく分類できる。前者にはアミノ配糖体とテトラサイクリン系が、後者にはクロラムフェニコール、マクロライド系が含まれる[10]アミノ配糖体(アミノグリコシド系)は1943年にStreptomyces griseusから分離されたストレプトマイシンに代表される抗生物質で、グラム陽性菌及びグラム陰性菌両者に対する広い抗菌スペクトルを持つ[17]。一方、アミノ配糖体の細胞内への取り込みには好気呼吸が必要であり、嫌気性菌に対しては有効性を欠く[18][19]マクロライド系は、12-16の原子によって構成される大環状ラクトンと呼ばれる構造を持つ大きな分子で[20]、毒性が低く[21]、ブドウ球菌などのグラム陽性菌に優れた抗菌力を示す[22]。代表例として1952年に発見されたエリスロマイシンなどが知られる[20]テトラサイクリン系も極めて抗菌スペクトルの広い抗生物質で、4つの連なった環状構造を核として持つ。テトラサイクリンの他、テトラサイクリンの側鎖を変更して脂溶性を高めたドキシサイクリンミノサイクリンが知られる。テトラサイクリン系抗生物質はリボソームと結合し、アミノアシル-tRNAとリボソームの結合を阻害することでタンパク質合成を阻害する[23]クロラムフェニコールは極めて広い抗菌スペクトルを持つ抗生物質である。しかしながら、骨髄毒性を示すなど毒性が強く、治療目的で使用されることは多くない[6][24]

核酸合成阻害薬編集

核酸合成阻害薬はRNA合成阻害薬とDNA合成阻害薬に分類され、いずれも量的な選択毒性を示す。前者はRNAポリメラーゼを阻害してmRNAの合成を抑制する。リファンピシンはこの代表例で、抗結核薬として重要である[6]

その他の抗菌薬編集

キノロン系やサルファ剤は核酸合成阻害を機序とした合成抗菌薬であり、狭義の抗生物質とは異なる。

キノロン系はDNA合成阻害薬でもあり、DNAジャイレーストポイソメラーゼIVを阻害することでDNAの複製を阻害する。葉酸代謝系阻害薬はヒトが持たない葉酸代謝系を阻害するため、高い選択毒性を持つ。サルファ剤は葉酸代謝系阻害薬であり、同じ葉酸代謝系の別の経路を阻害するトリメトプリムと共にST合剤として使用される。ST合剤はグラム陽性・グラム陰性菌の他、原虫真菌にも効果を示す[6]

抗菌薬以外の抗生物質編集

ポリエンマクロライド系エルゴステロールと呼ばれる真菌の細胞膜に特徴的なステロールに結合する。この結合によりエルゴステロールが細胞膜から奪われ、機能を阻害することで真菌に対する毒性を示す[25][26]。代表例として アムホテリシンBが知られ、重篤な全身性の真菌感染症の治療に使用される[25]

マイトマイシンは細胞内で還元されて活性化するとDNAを架橋する働きを持つ抗生物質である。マイトマイシンを活性化する酵素は全身に分布するが、酸素が豊富な環境では還元が抑制される。従って相対的に低酸素状態にある固形がんに対し選択的に毒性を示すため、特にマイトマイシンCは抗がん剤として利用される[27][28]

薬理編集

 
薬剤感受性試験の一例。寒天培地上に置かれた白い紙のディスクにはディスク毎に異なる抗生物質が含まれており、細菌がその抗生物質に感受性だとその周りでは細菌が増殖できない。この細菌が増殖できない範囲が阻止円である。

抗生物質を含む抗菌剤は、細菌が増殖するのに必要な代謝経路に作用することで、選択毒性、つまり細菌にのみ選択的に毒性を示す化学物質である。例えば、β-ラクタム系抗生物質はPBPとの親和性を持ち、細胞壁の合成を阻害するが、そのいずれもが原核生物に特有のため、人体の細胞に対してはほとんど毒性を示さない[29]

もっとも、抗生物質の中には抗菌性のみならず、抗ウイルス、抗真菌、抗寄生虫、抗腫瘍活性を示すものが存在する[29]。また、選択毒性を示さずに、全ての生物に対して毒性を示す抗生物質も存在する。例えばピューロマイシンtRNAにアミノ酸を付加したアミノアシルtRNAに類似した構造を持つ、放線菌に由来する抗生物質だが、産生菌を含む全ての生物においてタンパク質合成を阻害する働きを持つ。このような選択毒性を持たない抗生物質が感染症治療に利用されることはないが、タンパク質合成系の研究などの研究用途では広く用いられる[30]

また、抗菌剤の作用は一般に殺菌と静菌に分類される。殺菌的な抗菌剤はその名の通り細菌を死滅させる。一方、静菌的な抗菌剤は細菌の増殖を抑制するのみにとどまり、静菌的な抗菌剤の濃度が低下するなどの条件下で細菌は再び増殖することができる。また、抗菌剤が効く細菌の範囲を示す用語として抗菌スペクトルが用いられる。抗菌スペクトルは細菌の分類体系に従って記述される[31]

人類の最大の脅威であった細菌感染を克服し、平均寿命を大幅に伸ばすこととなった[32]。しかし、感染症との戦いは終わったわけではなく、治療法の開発されていない新興感染症、抗生物質の効力が薄くなるなどした再興感染症などが問題となっている。

また、抗生物質は病原性を示していない細菌にも作用するため、多量に使用すると体内の常在菌のバランスを崩してしまう場合がある。それにより常在菌が極端に減少すると、他の細菌や真菌(カビ)などが爆発的に繁殖し、病原性を示す場合もある。さらに、生き残った菌が耐性化する耐性菌の出現も問題となっている。

薬剤感受性編集

細菌感染症に対する化学療法に抗生物質を用いる場合は、感染起因菌の薬剤感受性を調べた上で投与する抗生物質を選択する。迅速に当たりをつけるためにはグラム染色による検体の塗抹染色を行う。正確に薬剤感受性を調べるためには、最小発育阻止濃度 (Minimum Inhibitory Concentration; MIC) の測定を行う。これは細菌の増殖を抑制しうる最小の抗生物質濃度を割り出す方法であり、液体希釈法と寒天平板希釈法の2種が知られる他、簡易的な感受性ディスク法が医療現場では広く用いられている[6]。抗菌性を評価する指標には他に最小殺菌濃度 (Minimum Bacteicidal Concentration; MBC) もあり、これは細菌の増殖を抑制するのみならず殺すために必要な抗菌剤の最小濃度を意味する。一般にMICに比べMBCは高い値を取り、その差が小さい時には抗菌剤が殺菌的、大きい時には静菌的であることを意味する[31]。これらの指標は臨床の現場で薬剤耐性を調べる目的のみならず、新規に開発された抗菌剤の活性を決定するためにも用いられる[33]

医療における抗生物質の利用編集

抗生物質の大部分は抗菌薬として使用される。抗菌薬の投与方法は臨床薬理学の考え方が適用されている。細菌感染症に対する抗生物質の投与は、抗生物質は化学療法剤とは異なるものの、臨床医学的にはまとめて化学療法と呼ばれている。

その他、ポリエンマクロライド系抗生物質は真菌の治療に使用される。また、癌治療にはマイトマイシンCブレオマイシンアドリアマイシンドキソルビシンなどの抗生物質が使用される。またシクロスポリンタクロリムスエベロリムスも抗生物質であり、免疫抑制剤として膠原病自己免疫疾患、移植医療の現場で活躍している。

抗生物質による治療編集

抗生物質は細菌感染を治療したり予防するために用いられるが[34]メトロニダゾールの様に原虫感染症に効果を示すものもある。ある症状が感染に起因することが疑われ、かつそれを起因する病原体が明らかでない場合は経験的治療が行われることもある[35]。経験的治療においては結果が出るのに数日かかる培養検査の結果を待たずに、症状に基づいて広域スペクトル抗生物質が投与される[34][35]。厳密に感染起因菌を特定するためには培養などによる検査が必要だが、症状から病原体の推定が可能なこともある。例えば、蜂巣炎の病原体はレンサ球菌やブドウ球菌が尤もらしいと推定できるため、培養で陽性が得られなくとも抗菌薬による治療を開始できる[35]。重篤な感染を生じている場合などはできるだけ速やかに抗生物質を投与することが推奨される。そのため、多くの救急部門で抗生物質を備えている[36]

病原微生物が予めわかっていたり、検査により特定された場合には、抗菌スペクトルの狭い抗生物質が投与される。抗生物質投与の費用と毒性を抑え、かつ耐性菌の出現を抑制するためには、病原体の特定が重要となる[35]。また、手術を避けるために急性虫垂炎に対して処方されることもある[37]

培養によって病原体が特定された場合、次に薬剤感受性試験を行い、病原体が特定の抗菌薬の存在下で発育可能か試験する。薬剤感受性試験で得られたMICの値を基に、病原体が各薬剤に対し、感受性か、耐性か、あるいは中間かを決定する。感受性の場合は通常投与される抗菌薬の量で感染を治療できることを意味する。通常、この過程を経ることで有効な抗菌薬を絞り込むことが可能となる[35]

抗生物質が予防的に用いられることもあるが、予防的な投与は免疫抑制薬を服薬中の者、がん患者、手術を受けた患者のような免疫系の弱った者への投与に限定され、特にヒト免疫不全ウイルス感染者における肺炎の防止のために投与される[34]。外科手術における抗生物質の投与は切開部位の感染を防止する。予防的な抗生物質の投与は口腔外科的な手術で重要な役割を担い、菌血症やそれに続く感染性心内膜炎を防止する。また、好中球減少症における感染防止にも使用され、これは特に化学療法によるがん治療を受けるものに対して行われる[38][39][40]。ただし、薬剤耐性菌の問題が大きくなってからは、それ以前に比べて予防投与の効果が低減している可能性もある[41]

投与経路編集

抗生物質は様々な投与経路を持つ。通常は経口投与されることが多いが、全身感染症の場合などで点滴や注射によって投与されることもある[35]。感染部位が露出しているような場合は抗生物質が局所投与されることもあり、例えば結膜炎の際には結膜に対して目薬として、急性の外耳炎の場合には点耳薬として投与される。また、ニキビ蜂巣炎のような皮膚疾患の治療には外用薬として抗生物質が用いられることがある[42]。局所投与の利点は抗生物質の投与部位における濃度を高く、長く保つことができる点などにある。これにより全身的な吸収や毒性を抑え、抗生物質の投与量を減少し、それゆえに乱用の恐れを減ずることができる[43]。手術創に対する抗生物質の局所投与は、術創感染のリスクを軽減すると報告されてきた[44]。しかしながら、抗生物質の局所投与に対しては一般的に懸念材料が存在する。抗生物質が吸収されて全身へ移行する可能性もあり、その場合には抗生物質の投与量の正確な調節が困難となる。また、局所性の過敏反応や、接触性皮膚炎を生じる可能性もある[43]

併用療法編集

結核などの感染症の治療においては数種類の抗生物質を同時に使用する併用療法が行われることがある[45]。併用療法は経験的治療における抗菌スペクトラムの拡大、相乗効果による治療効果の増大、耐性菌出現の抑制などを目的として行われる[46]。急性の細菌感染においては、治療効果の向上のために、単剤よりも効果の大きい複数の抗生物質の組み合わせが相乗効果を狙って投与され[47][48]メチシリン耐性黄色ブドウ球菌の感染ではフシジン酸リファンピシンの併用により治療が行われる[47]。グラム陰性菌感染に対して併用療法による治療を行う場合はβラクタム系にアミノ配糖体かフルオロキノロンが組み合わされる[46]。また、抗生物質の組み合わせが単剤投与の場合よりも低下する場合もあり、これを拮抗作用と呼ぶ[47]。一般的には静菌作用を持つ抗生物質と殺菌作用を持つ抗生物質の組み合わせは拮抗的である[47][48]。ただし、併用療法の有効性は実験的条件下においてのみ実証されている場合があり、例えばグラム陰性菌に対する併用療法の臨床における効果については疑問視する意見もある[46]

抗生物質と他の抗生物質の組み合わせに加え、抗生物質が抗生物質への耐性を抑える薬剤と共に用いられることもある。例えば、β-ラクタマーゼを持つ細菌に感染した患者に対しては、βラクタム系の抗生物質がクラブラン酸スルバクタムのようなβ-ラクタマーゼ阻害薬と併用されることがある[49]

動植物に対する抗生物質の使用編集

抗生物質はヒトの医療においてのみならず、動物や植物に対しても使用される[50][51]。中にはヒトのみに使用されるもの、動物に対してのみ使用されるものも存在するが、多くの抗生物質はヒトとその他の動物の両者に使用される。抗生物質が投与され得る動物としてヒト以外の哺乳類鳥類魚類昆虫などが例示される。また、テトラサイクリン系やストレプトマイシンなど一部の抗生物質は果樹に対しても使用される[50][52]。1997年の統計によると、ヨーロッパではヒトの医療用途で5,460,000 kgの抗生物質が使用された一方、動物への使用量も5,040,000 kgに上り、世界的に見ておよそ50%の抗生物質が動物に対して使用されると推定される[51]

上述の通り、ヒトに対して抗菌薬を用いる場合、抗菌薬の投与は原則的に治療を目的とする。一方、ヒト以外の動物に対して用いる場合は事情が異なる。動物の中でも犬や猫のようなペットに対して抗菌薬を用いる場合、使用方針はヒトと同様であり、原則的に感染の治療を目的として個々の動物に対して抗菌薬が用いられる。例外的に予防的投与が行われることもあるが、これは手術後など特定の条件に限られる。一方、食肉を目的として飼育される動物の場合、群の一部の個体が症状を示していて、大多数の個体が無症状でも、餌や水を通して抗菌薬が群全体に投与されることがある。このような集団単位での抗菌薬の使用がヒトに対して行われるのは稀であり、その場合も濃厚接触がある個人など特定の個人にしか用いられない[50]

最も賛否両論に分かれるのは成長促進を目的とした経済動物に対する長期の低容量の抗菌薬の使用である。これは動物の治療を目指すものではなく、経済的利点から抗生物質が使用される。低容量の抗菌薬の長期にわたる使用は耐性菌を生じやすく、また耐性菌は動物の間のみならず食事や環境を通してヒトにも伝播しうる。加えて抗菌薬の使用による経済的な利得もないか、あっても耐性の出現に比して小さいものである[50]

畜産における抗生物質の使用は1950年代から始まっているが、植物に対してもペニシリン、ストレプトマイシン、アウレオマイシン、クロラムフェニコール、オキシテトラサイクリンなどが病気から植物を守るために使用できないか1940年代後半から検討されてきた。しかしながら低容量では効果がない、高容量では毒性が問題となる、他の防除法と比して費用がかかるといった点から、実際にはストレプトマイシンとオキシテトラサイクリンが特定の病気に使用される様になったのみである。ストレプトマイシンは植物の疾患制御に使われる主要な抗生物質で、リンゴやナシの火傷病を引き起こすErwinia amylovoraや、リンゴやナシの花弁・果実に感染するPseudomonas syringae、トマトなどの斑点細菌病の原因菌であるXanthomonas campestrisなどの病原体に対して使用される。またモモなどの斑点細菌病に対してはオキシテトラサイクリンが用いられる[52]

耐性と乱用編集

薬剤耐性のメカニズム編集

 
自然選択による抗生物質耐性の増強を説明する模式図

細菌学において抗菌薬が効かないことを耐性といい、耐性を持つ細菌のことを耐性菌と呼ぶ。2009年現在において使用されてきたすべての抗生物質のいずれに対しても耐性菌が報告されており、これは合成抗菌薬についても同様である[6]。例えば1940年代には事実上すべてのグラム陽性菌がペニシリンに感受性だったが[53]、1991年までに病院で検査される黄色ブドウ球菌の38%がペニシリンより強力なβラクタム系抗生物質であるメチシリンに対して耐性を示すようになった[53][54]。細菌の持つ抗生物質への耐性は、その細菌が生来持つものと、新たに獲得されるものとがある。前者の例としては緑膿菌の細胞外膜の透過性が低いことによる、多くの抗生物質への自然発生的な耐性があげられる。後者の耐性獲得に関わる機構としては、プラスミドトランスポゾンといった外来性遺伝子の取り込むによるものに加え、染色体上の変異によって発生することもある[5]

外来遺伝子の取り込みは遺伝子の水平伝播とも呼ばれ、細菌の進化に重要な役割を果たすが、これによってしばしば耐性遺伝子が伝達される。抗生物質は土壌などの環境中に存在する微生物に由来するが、生態学的ニッチを共有する微生物はその抗生物質に対する耐性遺伝子を持っており、その様な遺伝子が医療現場で検出される病原体の耐性遺伝子の元となる可能性が高い。また、変異により耐性を獲得する場合、感受性を持つ細菌集団の中から抗生物質の活性に影響を及ぼす遺伝子変異を起こす細胞が出現し、その細胞が抗生物質に耐えて生き残る。生き残った細胞は抗生物質の存在下では選択圧により感受性を持つ細菌を駆逐して優先となるが、耐性遺伝子は一般にコストが大きいため、抗生物質が存在しないと維持されない[55]

薬剤耐性のメカニズムは大きく(1)抗菌薬の取り込み低下や排出促進による抗菌薬の蓄積防止、(2)抗菌薬の分解や修飾による不活化、(3)抗菌薬の標的分子の変異や修飾による親和性の低下や過剰生産による抗菌薬の量的無効化に分類される[5][10]

抗菌薬の取り込み低下や排出促進による抗菌薬の蓄積防止による耐性機構の一例として緑膿菌の自然耐性がある。全ての抗生物質は細菌の外膜を通過し、菌体内で蓄積することで機能を発揮するが、緑膿菌の外膜は抗生物質の透過性が低く、一般に抗生物質が効きにくい。また、細胞内へ透過したβラクタム系抗生物質やキノロン系抗菌薬を排出することでも耐性を持つ[5][56]

抗菌薬の分解や修飾による不活化は、βラクタム系のような天然の抗生物質に対する耐性の主要なメカニズムである。典型的な例としてβラクタマーゼによるβラクタム系抗生物質に対する耐性機構が知られており、βラクタマーゼはベータラクタム環構造を加水分解することで、ペニシリンをはじめとしたβラクタム系抗生物質とPBPの結合を阻害し、細菌に耐性をもたらす[5]。これまでに数百種類のラクタマーゼが発見されており、一般的にはA、B、C、Dの4種類のクラスに分類される[6][10][57]。特にニューデリー・メタロβラクタマーゼ-1 (NDM-1) と呼ばれるβラクタマーゼは他のラクタマーゼと異なり特定の菌種のみならず多数の菌種に共有される、NDM-1の遺伝子を持つプラスミドが他の系統の耐性遺伝子も持つためにプラスミドを保持する細菌が多剤耐性となる、子どもの下痢の原因となる大腸菌にも伝播しうるために環境中に広がりやすいといった特徴を持ち、世界的に保健衛生上の脅威として認識されている[58][59]

天然物に由来する抗生物質と異なり、サルファ剤やキノロン系などの合成抗菌薬を分解・修飾する酵素は発見されていない。このような抗菌薬に対する耐性は、抗菌薬の標的分子の変異や修飾による親和性の低下や過剰生産による抗菌薬の量的無効化によって獲得される[5]。例えばキノロン系抗菌薬への耐性はDNAジャイレースDNAトポイソメラーゼのような酵素をコードする遺伝子に変異が生じることで発生する[10]。合成抗菌薬のみならず、天然物に由来する抗生物質に対する耐性も同様の機構で獲得されることがあル。例えばテトラサイクリン16SリボソームRNAと結合することでタンパク質合成を阻害する抗生物質であるが、アクネ菌ヘリコバクター・ピロリで16SリボソームRNA遺伝子の変異による耐性獲得が報告されている[57]

多剤耐性菌編集

近年においてはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌多剤耐性結核菌のように、複数の抗菌薬に対し耐性を示す細菌が出現している。複数の抗菌薬に対し耐性を示すことを多剤耐性 (multidrug-resistant; MDR) と呼び、また多剤耐性を持つ細菌を多剤耐性菌と呼ぶ。加えて多剤耐性菌よりもさらに耐性の多い細菌を超多剤耐性 (extensively drug-resistant; XDR) 菌、全ての抗生物質に対し耐性を示す細菌を汎耐性 (pandrug-resistant; PDR) 菌と呼び、公衆衛生上の脅威となっている[60][61]。例えば、アメリカ疾病予防管理センターはアメリカ合衆国内で年間23,000人以上が多剤耐性を示す細菌の感染によって死亡していると推定している[55]結核菌をはじめとした多数の細菌において多剤耐性の菌株が出現しており、治療用の抗生物質への耐性のために罹患率と死亡率の増加した微生物はスーパーバグと呼ばれることもある[4]。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌や頭文字を取ってESKAPEと呼ばれる一群の細菌種(Enterococcus faeciumStaphylococcus aureusKlebsiella pneumoniaeAcinetobacter baumanniiPseudomonas aeruginosaおよびエンテロバクター属菌)がこれに含まれ、多剤耐性を示す院内感染起因菌として問題視される[59][62]

乱用防止キャンペーン編集

 
米国CDCの"Get Smart"キャンペーンポスター。抗生物質は風邪に効かないことを警告している。

耐性菌問題に関する組織は、不必要な抗生物質の使用を削減するキャンペーンを行っている[63]。耐性菌問題への対応のため、米国では省庁横断の耐性菌タスクフォースが作られた。タスクフォースにはアメリカ疾病予防管理センター (CDC)、アメリカ食品医薬品局 (FDA)、アメリカ国立衛生研究所 (NIH)、などの機関が参加している[64]

不適切な抗生物質処方である割合[2]
透析 12 - 37%
小児科 4.0 - 46.7%
クリティカルケア 14 - 60%
外来 10.5 - 69.0%
病院・三次医療機関 21 - 73%
長期ケア施設 21 - 73%
総合診療 (GP) 45 - 90%

OECDは抗生物質処方の50%以上は不適切であるとしている[2]。最も不適切な処方が行われているのは総合診療(GP)であった[2]

一般市民を対象としたキャンペーンも行われ、アメリカではChoosing Wiselyフランスでは政府による“Antibiotics are not automatic” キャンペーンが開始され(2002年)、不必要な抗生物質の処方削減をめざしている[2][65]

臨床ガイドライン編集

The first rule of antibiotics is try not to use them, and the second rule is try not to use too many of them.[66]
(抗生物質の第一のルールは使わないようにすること、第二のルールは使う種類を多くしすぎないようにすることである)

Paul L. Marino、ICUブック 第3版[67]

Choosing Wisely勧告では、呼吸器ウイルス感染症に対して抗生物質を処方してはならない[2]米国家庭医学会(AAFP)ガイドラインでは「児童・成人の風邪に対して抗生物質を使用してはならない(should not be used, エビデンスレベルA)と勧告している[68]米国品質保証委員会英語版(NCQA)によるHEDISにおいては2005年から「急性気管支炎への処方はゼロにすべき(should be zero)」と勧告している[69]

英国国立医療技術評価機構(NICE)ガイドラインでは、抗生物質の処方を控える、もしくは遅らせるべき患者として、急性中耳炎急性咽喉炎/急性咽頭炎/急性扁桃炎、 風邪、 急性鼻副鼻腔炎、 急性咳/急性気管支炎を挙げている[70]日本感染症学会日本化学療法学会の合同ガイドラインでは、ウイルス性急性気管支炎に対しては、ほかに慢性呼吸器疾患を抱えていない限り抗生物質の投与を原則として推奨しない(推奨レベルA, エビデンスレベルI)[71]

薬剤耐性菌を生む問題があり感染症においても適正使用が言われ、感染症でもない状況での抗生物質の不適切使用は戒められる[3]

家畜への投与等編集

1950年代から、米国の農家で薬用に満たない低用量の抗生物質の家畜への投与が家畜の体重増加を大幅に早めることに利用されてきた。このことは薬剤耐性菌リスクを高めることになる。EUは2006年に家畜を肥育させる目的での抗生物質の使用を禁止した[72]。 家畜においても、薬剤耐性菌リスク軽減のために日本の農林水産省は「責任ある慎重使用」を求めている[73]。なお、実験動物のマウスへの抗生物質の低用量投与でも体重増加を示した。生後6か月のヒトの幼児でも抗生物質の投与と体重増加が関連を示していた[72]

副作用と疾病との関連編集

細菌の治療において、抗生物質は病原性の細菌を殺したり増殖を抑えたりすることを期待して用いられるが、時に投与を受けたものを危害を与えることもある。ほとんどの抗生物質が経口投与により下痢を引き起こす様に普遍的な副作用もあるが、抗生物質によっては固有の副作用を生じる場合がある[74]。しばしば抗生物質使用による副作用はアレルギーと同義的に扱われるが、アレルギー反応は抗生物質による副作用の一部に過ぎない。抗生物質による副作用は直接的なものと間接的なものに分けられる[35]

アレルギー反応は抗生物質使用による直接的な副作用の代表である。IgE依存的な即時型アレルギー反応と、細胞性免疫による遅延型アレルギー反応の両者が生じうるが、特に重篤となるのは即時型アレルギー反応によるアナフィラキシーショックである。2008年にアメリカ合衆国で行われた調査[75]では、薬剤の有害事象による救急外来の受診のうち19%が抗生物質と関係しており、その内79%がアレルギー反応に分類された[35]

抗生物質の毒性による副作用も直接的なものであり、投与される抗生物質の量が多かったり、投与期間が長かったりする際に生じる。特に腎臓肝臓の機能低下が生じて抗生物質のクリアランスに支障が生じている患者の治療で使用する際に注意が必要となる[35]。軽度の副作用としてはテトラサイクリン系による歯の黄染、エリスロマイシンによる消化管の蠕動充進、リファンピシンによる色素沈着などが知られる。より重篤な副作用としてはアミノ配糖体による聴覚障害、フルオロキノロンによる関節毒性と網膜症、メトリニダゾールやリネゾリドによる末梢神経障害、リネゾリドによる乳酸アシドーシスセロトニン症候群などがある[74]

間接的な副作用は細菌叢に及ぼす影響に起因するもので、クロストリジウム・ディフィシルによる腸炎に代表され[35]、他にも外陰膣カンジダ症との関連が知られる[76]

クロストリジウム・ディフィシル腸炎編集

このクロストリジウム・ディフィシル腸炎は、抗生物質の投与等で正常な腸内細菌叢が撹乱されて菌交代症が生ずる事で発生すると考えられている[77]。正常腸内細菌叢を掻き乱す事は、C. difficile に増殖の機会を与えていることになる[78]。つまり、この疾患は抗生物質関連下痢英語版の一つである[79]C. difficile 腸炎の発生は、抗生物質であるニューキノロンセファロスポリンクリンダマイシンの使用と強く相関している[80]

一部の研究者は、日常的な家畜への抗生物質使用英語版C. difficile などの流行に結び付く危険性があると指摘している[81]

歴史編集

20世紀以前の世界において、感染症の治療は専ら伝統医学によって行われるものであった。抗菌性を持つ物質を利用した治療の記録は紀元前からすでに存在している[82]古代エジプト古代ギリシャなどの古代文明社会では、特定のカビや植物を感染症の治療に利用した[83][84]。また、ヌビアのミイラからは大量のテトラサイクリンが検出されている。これは当時生産されていた発酵食品などに由来するテトラサイクリンが蓄積したものであると推測されており[85]、彼らが食事を通じたテトラサイクリンの摂取により感染症から守られていた可能性が指摘されている[86]。古くから行われていた治療法には有効性を検証されているものもあり、1000年前のレシピに従って野菜、ワイン、胆汁を混ぜて作った薬がメチシリン耐性黄色ブドウ球菌に対して有効性を示したとする報告が2015年になされている[87][88]。抗生物質への耐性の歴史も非常に古く、抗生物質が発見されるはるか昔、数十億年前からある種のβラクタマーゼは存在していたと推定されている[86][89]

抗生物質の発見の前に微生物が他の微生物の増殖を抑制する現象は知られていた。例えば、1887年にはルイ・パスツールらが炭疽菌を他の好気性細菌と一緒に培養すると増殖が抑制される現象を発見している。また、1889年には Jean Paul Vuilleminが「ある生物が生存のために他の生物を殺す関係性」を抗生 (antibiosis) と定義している[90]。1890年代には緑膿菌の抽出物が多くの患者に対して使用した報告がなされており、抗生物質の臨床応用に関するおそらく世界初の報告とも言われる[87]

 
サルバルサンを開発したエーリッヒと秦

近代的な抗生物質の歴史はサルバルサンを開発したポール・エーリッヒと、ペニシリンを発見したアレクサンダー・フレミングの2人と結びつけられることが多く[86]、まずは色素に由来する合成抗菌薬が発見された[91][92][93]。エーリッヒらは当時重大な副作用の代償にわずかな効果しか得られない無機水銀塩によって治療されていた梅毒の治療薬を開発するため、秦佐八郎らと共に今日で言うところの化合物スクリーニングを1904年に開始した。彼らが1909年に試験した606番目の化合物は、梅毒に罹患したウサギに有効性を示し、後にヘキスト社によってサルバルサンとして販売される。エーリッヒはサルバルサンの開発で成功を収め、改良版であるネオサルバルサンは1940年代まで最も多く処方される治療薬だった[94][86]。彼らのスクリーニングを用いた治療薬開発の手法は他の合成抗菌薬の開発にも応用され、色素として開発されたプロントジルが感染症治療薬としても有用であることがゲルハルト・ドーマクらによって明らかにされるなど、サルファ剤を始めとした様々な抗菌薬が発見されていった[86]。プロントジルの抗菌性を見出したドーマクは1939年にノーベル生理・医学賞を受賞している(ただしドーマクはナチスの圧力を受けて一度受賞を辞退し、1947年に改めて受賞した)[95]。エーリッヒは選択毒性に基づく感染症の化学療法という概念を初めてもたらした人物でもある[6][96]

1928年9月3日のフレミングによるペニシリンの発見は一つの失敗を機に成されたものであり、セレンディピティとしても知られる[86][97]。フレミングは休日を終えて当時の職場であるセント・メアリーズ病院に出勤し、実験台で培養していたペトリ皿のブドウ球菌にカビがコンタミがしていることに気づく。この時、フレミングはコンタミしたカビが周囲の細菌の増殖を抑制している様子を観察し、この増殖抑制がアオカビの産生する物質によるものであることと、その物質をペニシリンと名付けたことを論文として投稿した[97][98]。その後オックスフォード大学ハワード・フローリーエルンスト・ボリス・チェーンらの研究により大量生産が可能になると、フローリーらはペニシリンの臨床試験を1941年から1942年にかけて実施する。この臨床試験でペニシリンはなんら副作用を示さずに絶大な効果を発揮した。ペニシリンは第二次世界大戦後には広く使われる様になり、1945年にはフレミング、フローリー、チェーンの3名がペニシリンの発見とその後の研究によってノーベル生理学・医学賞を受賞している[97]

サルバルサン、プロントジル、ペニシリンの3つの抗菌薬の発見はその後の抗菌薬の開発研究に大きな影響を与え、1950年代から1970年代にかけて抗生物質研究は黄金期を迎える[86]。1930年代の終わりにはセルマン・ワクスマンが抗生物質の探索を開始する[87]。1940年代に抗生物質を定義したワクスマンは[5][99]結核に有効なネオマイシンストレプトマイシンなど多数の抗生物質を発見し[87]、その貢献に対して1952年にはノーベル生理学・医学賞が授与された[100]

この時代の抗生物質の発見は土壌のスクリーニングを行って有用な微生物を発見することによって成し遂げられた。そのため、この時代の製薬会社は世界中から土壌試料を集めて回っている。例えばエリスロマイシンを産生する放線菌は、イーライリリー・アンド・カンパニーが雇っていたフィリピンの医師が1949年に庭で発見したものである[101]。放線菌は抗生物質を産生する主要な微生物として知られ、1945年から1978年までの間に発見された抗生物質のうち55%は放線菌に由来するものである[87]。この時代に発見・開発された新しい系統の抗生物質・合成抗菌剤としてアミノ配糖体セファロスポリンクロラムフェニコールテトラサイクリンマクロマイドキノロントリメトプリムなどが挙げられる。抗生物質開発の黄金期を迎えた研究者の中には感染症の克服を期待した者もいたが、それ以降、新しい系統の抗生物質の発見はほとんどなく、一方で1990年代頃から新興感染症や薬物耐性の問題は大きくなっていった[102]

抗生物質に対する耐性菌の出現や、新規に開発される抗生物質の減少を受けて、抗生物質の代替がこれまでに研究されている。この文脈における代替とは抗菌薬の様な化合物で細菌を制御するものではなく、細菌が感染する宿主の体を標的とした化合物や、細菌を標的とする従来の抗生物質とは異なる物質のことをいう。代表的な例として、細菌を標的とする抗体、宿主に健康上の利点をもたらす微生物と定義されるプロバイオティクスファージが産生して細菌を溶解する働きを持つライシンやファージ自体、自然免疫系を活性化する免疫賦活剤、感染を防ぐためのワクチンなどが挙げられる[103]

脚注編集

[脚注の使い方]
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参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集