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解説編集

カトラ火山は小村ヴィークの北にある火山で、山自体の標高は1493メートル。その上をミールダルスヨークトル氷河が595平方キロメートルにわたって覆っている。その西方にはこの氷河よりは小規模なエイヤフィヤトラヨークトル氷河が知られている。

カトラ火山はアイスランドでもっとも危険といわれる火山の一つである。氷河の下にあるために噴火すると付近は大規模な洪水となる[1]火口の大きさは直径10キロメートル。

火山は40-80年おきに噴火しており、最後の大規模噴火は1918年に起こった。幅10kmの噴火で、溶け出した氷河の水が毎分1800万t(ナイル+ミシシッピの平均水量の10倍)でふもとをおそった被害が特筆される[要出典]。その後、1955年に小規模な噴火の兆候があり、最近は2011年にも小規模な噴火があった。

文献上は930年の記録が最も古く、以来、16の噴火が記録されている。ノルウェースコットランドなど、北大西洋沿岸を中心に見られる紀元前1万600年頃のヴェッデ灰地層は、カトラ火山から噴出したテフラが降り積もったものと考えられている[2]。すぐ横にあるエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火して数年後に噴火することが多いとされる。

ラキ火山エルトギャゥと共に火山列を構成している。この火山列は世界で最も大規模なものの一つで、18世紀には1721年のカトラ火山噴火を手始めに大規模な活動を起こし、アイスランドに深刻な被害を与えている[3]

もっとも、最近は大きな噴火が起こっていないため、ミールダルスヨークトル氷河の上でスキースノーモービルなどの観光サービスが行われている[4]

文献に残る火山活動編集

北欧神話を現代に伝える詩の1編『巫女の予言』は1000年頃に編纂されたが、その一節には、夏でありながら日の光が暗くなる(svört verða sólskin[5])という表現がある。アイスランドの地質学者シーグルズル・ソゥラリンソン1912年 - 1983年)はその著書において、この一節は詩が書かれた当時に起こったカトラ火山の噴火に基づく記述だとした。ソゥラリンソンはテフラを分析して火山の噴火の年代を測定しており、カトラ火山が噴火した時期を地質学的証拠から推定すると同時に古い文献に残る記録から裏付けようとしていた。そして同国の文学者シーグルズル・ノルダル1886年 - 1974年)は、1918年のカトラ火山の噴火の際に火山灰によって太陽の光が弱められ周囲が暗くなったのを目の当たりにしたとき、『巫女の予言』のこの節の意味が理解できたと著書で述べている[6]

脚注編集

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  1. ^ アイスランド観光文化研究所 火の国アイスランド…火山
  2. ^ Mangerud , J., Lie, S.V., Furned, H., Kristiansen, I.L., Lømo, L. (1984) A Younger Dryas Ash Bed in Western Norway, and Its Possible Correlations with Tephra in Cores from the Norwegian Sea and the North Atlantic. Quaternary Research 21 85-104
  3. ^ 静岡大学小山真人研究室 アイスランド
  4. ^ アイスランド航空 南部アイスランド
  5. ^ 『巫女の予言 エッダ詩校訂本』(シーグルズル・ノルダル著、菅原邦城訳、東海大学出版会、1993年、ISBN 978-4-486-01225-2)213頁。
  6. ^ 『アスガルドの秘密』247-248頁。

関連項目編集

 
ミールダルスヨークトル氷河

参考文献編集

外部リンク編集