カール・オースティン・ワイス(Carl Austin Weiss, 1906年12月6日 - 1935年9月8日)は、ルイジアナ州医者政治家ヒューイ・ロングを暗殺したと言われている。

人物編集

ルイジアナ州バトンルージュ生まれ。父親はババリア(バイエルン)からの移民[1]。1925年にルイジアナ州立大学で学士を取得。その後オーストリアウィーンで大学院生活を過ごした後、ニューヨーク市の病院に研修生として来る。 1932年にはルイジアナ・メディカル・ソサエシティの理事になり、1933年にはキワニス・クラブの一員になる。

ヒューイ・ロング暗殺編集

1935年9月8日、義父・ベンジャミン・ペイリーの政敵であるヒューイ・ロングルイジアナ州会議事堂で銃撃し、致命傷を負わせる。その際ロングのボディーガード達に応射され、62発被弾して、すぐに射殺された。遺された家族のうち、妻と他の家族は彼の罪を受け入れたが、ワイスの両親は若き頃の幸せそうな彼の姿からみて彼がそのようなことをする人間ではないと思い罪を受け入れなかった[2]。ロングも2日後の9月10日に死去した。

脚注編集

  1. ^ 三宅昭良著『アメリカン・ファシズム―ロングとローズヴェルト』講談社刊 p 189
  2. ^ T. Harry Williams, Huey Long (1969) p 868