クライトーン
クライトーン[1]あるいはグライトーン[2](タイ語: ไกรทอง, ラテン文字転写: Krai Thong、発音 [krāj.tʰɔ̄ːŋ])は、タイに伝わる民話、及びそれを基にした歌唱舞踏劇で、タイでは民衆に広く親しまれている[3][4][1]。ラーマ2世の作とされ、ワニの王チャーラワンが誘拐したピチットの富豪の娘を、英雄クライトーンが救う物語である[3]。
あらすじ
編集河底の洞窟にワニの国があり、ワニの王チャーラワンには2匹の美しい妻がいるが、邪念の多いチャーラワンはそれに飽き足らず、ピチットの富豪の娘タパオトーンをさらって妾にする。娘を失って嘆き悲しむ富豪は、ワニを退治した者にタパオトーンの妹タパオケオと財産の半分を与えると触れを出す。ノンタブリー生まれで商いに訪れていたクライトーンがこれに応じ、見事にチャーラワンを倒し、褒美としてタパオケオと、連れ戻したタパオトーンの2人を妻とするが、さらにチャーラワンの妻ウィマーラーを洞窟に訪ねて妾とし、陸上に連れて帰る。やきもちを焼いた2人の妻との諍いの末に、ウィマーラーはワニの姿に戻って洞窟へ帰るが、クライトーンはあきらめられず洞窟を訪ねる。そこで、クライトーンはウィマーラーとよりを戻し、チャーラワンのもう1匹の妻ルアムラーイワンも妻とする。以後、クライトーンは地上の2人の妻と、河底の2人の妻との間を行きつ戻りつしながら、幸多い一生を送る。(『タイ国古典文学名作選』[5])
成立
編集クライトーンは元々、タイに伝わる民間口承文学の物語である[1]。本としては残っていないものの、アユタヤ王朝の後期には宮廷外で演じられる舞踏歌劇ラコーン・ノークに取り入れられていたのではないか、といわれる[4]。バンコク王朝の初期に、文芸の保護者であり自らも優れた文学者であった国王ラーマ2世が、自作のラコーン・ノークとして再製し、完成された[3][6][1]。
特徴
編集ラーマ2世の時代には、多くのラコーン・ノークが作られた[7]。そのほとんどは、仏教と共に伝来したジャータカが、タイで独自に伝承されたものに取材された、インド起源の物語であるのに対し、クライトーンは純粋にタイ発祥の物語で、市井の人物に大衆の言葉で語らせ、非常にタイらしさのある作品となっている[8]。クライトーンは、ラーマ2世が作ったラコーン・ノークの中で特に優れた作品の一つとされ、「すばらしいできで、削ることもできねば、後人が筆を加える余地もない」と評される[4][1]。
展開
編集ラコーン・ノークの流れをくみ、市井の芝居小屋で演じられた大衆歌劇リケーにおいて、古典文学に基づく題材がよくとり上げられており、その中の一つとしてクライトーンも好んで演じられ、広く民衆に親しまれた[7][9][3]。
クライトーンの物語は、他の媒体からも取材されている。タイの近代漫画の先駆けとなった漫画家の一人サワット・ジュターロップ(タイ語: สวัสดิ์ จุฑะรพ)も、漫画にクライトーンを題材に取り入れた[10]。21世紀になってからも、クライトーンを題材とする漫画が出版されている[11][12]。映像化もされており、1980年製作の映画『クライトーン』、2001年製作の映画『クライトーン』(邦題『アリゲーター/愛と復讐のワニ人間』)などが知られている[13][14][15]。
伝承
編集クライトーンの出身地であるノンタブリー県には、クライトーンゆかりの地とされる場所に、ワット・バーンクライナイという寺院がある[16]。アユタヤ王朝の時代以前に、この地にクライトーンという男がいて、ピチットでワニ退治をしたという武勇伝があり、クライトーンの末裔を自認するノンタブリーの人々によって、寺院が建立されたと伝わる[16][17]。この地域には、クライトーンの伝説が実話に基づくという言い伝えのあることが、複数の紀行詩(ニラート)に記されている[17]。
一方、物語の舞台となったピチット県には、ワニの国の洞窟になぞらえられたチャーラワン洞窟があり、洞窟入り口には県によってチャーラワンとクライトーンの像が設置されている[18]。また、ピチットのソムデット・プラシーナカリン公園の入口には、巨大なワニの像「チャーラワン王の像」がある[19]。
出典
編集- ^ a b c d e 冨田 1981, p. 256.
- ^ (PDF) 27. ピチット県, 広島タイ交流協会
- ^ a b c d 岩城雄次郎「タイの文学」『文化庁月報』第112号、25-27頁、1978年1月25日。doi:10.11501/2802969。ISSN 0916-9849。
- ^ a b c 冨田 1981, p. 248.
- ^ 冨田 1981, pp. 114–123.
- ^ 玉川大学出版部 編『玉川百科大辞典』 15巻、誠文堂新光社、東京都千代田区、1960年9月30日、607頁。doi:10.11501/2985431。
- ^ a b 冨田 1981, p. 247.
- ^ 冨田 1981, pp. 255–256.
- ^ 鶴田格「中部タイ農村部における民謡と大衆歌謡の相互作用的発展 —プレーン・イセーウを中心として—」『ポピュラー音楽研究』第4巻、2-19頁、2000年。doi:10.11385/jaspmpms1997.4.2。ISSN 1343-9251。
- ^ Verstappen 2017, p. 27.
- ^ Sujjapun, Ruenruthai (2005), “The Legacy of Traditional Thai Literature and Its Impact on Contemporary Children’s Literature”, MANUSYA: Journal of Humanities 8 (10): 78-87, ISSN 2673-0103
- ^ Verstappen 2017, pp. 72–73.
- ^ Knee, Adam (2005). “8. Thailand Haunted: The Power of the Past in the Contemporary Thai Horror Film”. In Schneider, Steven Jay; Williams, Tony. Horror International. Detroit, MI: Wayne State University Press. pp. 155-156. ISBN 0-8143-3101-7
- ^ Boehler, Natalie (2012). Made in Thailand. Thainess, Performance and Narration in Contemporary Thai Cinema (PDF) (Ph.D. thesis) (英語). University of Zurich. pp. 73–76. 2023年11月23日閲覧。
- ^ “アリゲーター (2001)”. allcinema. スティングレイ. 2023年11月23日閲覧。
- ^ a b “Bang Krai Nai Temple”. Thailand Tourism Directory. Ministry of Tourism and Sports Thailand. 2023年11月23日閲覧。
- ^ a b Butrngamdee, Nisakorn (2016). Tracing nirat for cultural heritage routes: a case study of Bang Kruai district, Nonthaburi (PDF) (Ph.D. thesis) (英語). Graduate School, Silpakorn University. pp. 68–71. 2023年11月23日閲覧。
- ^ “Tham Chalawan Cave”. Thailand Tourism Directory. Ministry of Tourism and Sports Thailand. 2023年11月23日閲覧。
- ^ “Somdet Phra Srinagarindra Park”. Thailand Tourism Directory. Ministry of Tourism and Sports Thailand. 2023年11月23日閲覧。
参考文献
編集- 『タイ国古典文学名作選』 13巻、冨田竹二郎 編訳、井村文化事業社〈タイ叢書 文学編〉、1981年2月28日。
- Verstappen, Nicolas (2017) (PDF), Thai Comics in the Twenty-First Century: Identity and Diversity of a New Generation of Thai Cartoonists
関連項目
編集外部リンク
編集- 平凡社『世界大百科事典』『スントーンプー』 - コトバンク
- “Chalawan, Taphao Thong, Taphao Kaew -- First Thai Exoworld Names”. Thai Astronomical Society (2017年1月18日). 2023年11月23日閲覧。