ゲオルク・フリードリヒ2世 (ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯)

ゲオルク・フリードリヒ2世・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハGeorg Friedrich von Brandenburg-Ansbach der Jüngere(後代のゲオルク・フリードリヒ)、1678年5月3日 - 1703年3月29日)は、フランケン地方アンスバッハ侯領辺境伯。ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯ヨハン・フリードリヒと、最初の妻ヨハンナ・エリーザベト・フォン・バーデン=ドゥルラハの3男。クリスティアン・アルブレヒトの弟、ヴィルヘルム・フリードリヒの兄。

ゲオルク・フリードリヒ2世
Georg Friedrich II.
ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯
GeorgFriedrBrandAnsb.jpg
在位 1692年 - 1703年

出生 (1678-05-03) 1678年5月3日
アンスバッハ
死去 (1703-03-29) 1703年3月29日(24歳没)
シュミットミューレン近郊
家名 ホーエンツォレルン家
父親 ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯ヨハン・フリードリヒ
母親 ヨハンナ・エリーザベト・フォン・バーデン=ドゥルラハ
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生涯編集

兄クリスティアン・アルブレヒトが1692年に亡くなった後、遺領を継承した。この当時、ゲオルク・フリードリヒは未成年であり、初めは摂政の後見下でアンスバッハ侯領を統治した。プファルツ継承戦争では、1695年から1697年神聖ローマ帝国軍に志願して参戦している。また、スペイン継承戦争では、1702年モデナのベルゼロ城砦を占領する活躍をした。1703年には皇帝軍の将軍になったが、フィルス川の渡渉点を巡るシュミットミューレンの戦いで致命傷を負い、間もなく死去した。後継者がなかったため、異母弟のヴィルヘルム・フリードリヒが遺領を継承した。

参考文献編集

  • M. Spindler, A. Kraus: Geschichte Frankens bis zum Ausgang des 18. Jahrhunderts, München 1997. ISBN 3-406-39451-5
  • K. Bosl: Bosls Bayerische Biographie, Regensburg 1983. ISBN 3-7917-0792-2

(これらの文献は、ドイツ語版の参考文献として挙げられていたものであり、日本語版作成時に直接参照してはおりません。)

外部リンク編集

先代:
クリスティアン・アルブレヒト
ブランデンブルク=
アンスバッハ辺境伯
1692年 - 1703年
次代:
ヴィルヘルム・フリードリヒ