コレトの戦い(コレトのたたかい、Battle of Coleto)、またはコレト・クリークの戦いは、1836年3月19日–3月20日に行われた、テキサス革命ゴリアド戦役における、メキシコとそれに反乱するテクシャン入植者との間の戦闘。ジェームス・ファニン大佐が指揮したテクシャン軍が、ホセ・デ・ウレア将軍指揮下の連邦部隊に敗れた。

コレトの戦い
戦争テキサス革命(対メキシコ)
年月日1836年3月19日 - 3月20日
場所テキサス州ゴリアド郡
結果:テキサス軍の敗北
交戦勢力
メキシコ共和国 テクシャン(コアウイラ・イ・テハス州へのアメリカ人入植者)及びテハーノ
指導者・指揮官
ホセ・デ・ウレア ジェームス・ファニン
戦力
80竜騎兵、260歩兵、500人以上の援軍 300歩兵、9大砲
損害
212名が死傷 9人死亡、60人負傷
テキサス革命

背景 編集

サミュエル・ヒューストン将軍からのビクトリアへの撤退の命令を受けて、テキサス軍はゴリアド伝道所の防備のために残った。彼の将校からの強い反対に対して、コレト・クリークの1マイル手前で、ファニンは彼の部隊の停止を命じた。テクシャン軍は、ちょうどクリークのくぼみの四方が開けた草原地帯にいて、即座にウレアの部隊に包囲された。戦闘の二日目、負傷者と水不足のために、ファニンは降伏した。テクシャン軍は9名死亡、51名負傷で、ファニン自身も大腿部を撃たれた。テクシャン軍の降伏はゴリアドの虐殺を引き起こすことになる。