コルマク・コン・ロンガス[1]Cormac Cond Longasコーマック・コンリンギス[2]とも)は、アルスター物語群の戦士で、コンホヴァル・マク・ネサ王の長子[3]。女王メイヴと王アリルが統治する敵国コノートに亡命した一派で、「コン・ロンガス(追放された者のリーダー)」の綽名がつく[1][注釈 1][注釈 2][6]

伝承文学 編集

流浪組 編集

亡命の発端となったのは、父王がウシュリウ(ウシュナハ)の息子達にたいしておこなった謀殺である。ノイシュら三兄弟の身柄の保証をしたコルマク、フェルグスドゥフタハ『デァドラ物語』の古稿[注釈 3])は、この裏切りを不服とし、国外逃亡した。三人はコノートに身を寄せた流浪組の中核メンバーである。

クーリーの牛争いでは同邦と戦う羽目になるが、フェルグスが父王にたいして剣カラドボルグを両手でふりかぶるのを、コルマクがあわてて制する場面もある[7]

即位と死 編集

コルマクは、コンホヴァル亡き後の次期王にと、本国アルスターから迎えられ、コノートを後にする。ところが、帰途についた一団は、平原で遭遇したコノートの強奪隊と諍いをおこす。勝利するものの、鍛冶師のダ・ホカ[8]の館で宿泊していたところ、報復にやってきたコノート軍に襲撃され、壮絶な戦いでコルマクも戦死する(『ダ・ホカの館』)[9]

課せられた禁忌(ゲシュ)のひとつをやぶると、ひきずられるように次々とやぶることになり破滅をもたらす、という常套モチーフ[10]が、『ダ・ホカの館』でももちいられている。コルマクは、竪琴弾きのクラフティネ(Craiftine)の妻シュケンブ(Scenb)と不義密通をかさねていた。竪琴弾きは、コルマクの帰還の一団に随行し、その「穴あき頭の琵琶」[11](あるいは「頭眠らせの小ハープ」[12][13])を携えて、報復を図る。この楽器を聴くことじたいがコルマクには禁忌であった。さらに逢瀬の場所アスローンで待ちうけるその女に、クラフティネの弾奏は禁忌を破るようにしむける楽曲であることを警告される。ところがじつは、コルマクはここにたどり着く前に、馬車を洗う女死神バドヴに遭遇し、「これはそのお迎えの馬車[注釈 4]だ」と告げられ、死の宣告をされていた。

ダ・ホカの館では、宿泊するコルマクの一団と、襲撃するコノート軍とのあいだで尋常な勝負による激戦が繰り広げられた。フェルグスが現場に到着すると、事おそかりし、コルマクは埋葬されていた。フェルグスが里親(めのと)として育てたのがコルマクだったのに、女王メイヴの口車に乗せられて、まんまと見殺しにしてしまったのだ。

コルマクの生みの親 編集

メイヴがコルマクへの心証を悪くしてフェルグスを引き止めるため発した言葉が、「おまえさんを追放した張本人(コンホヴァル)の息子に戴冠させるなんて、さぞ痛快なこったろうね、しかもおまえさんじゃなくてあいつ(コンホヴァル)が、ネスに生ませた子をさ」[14]という揶揄の台詞である。これはコンホヴァルが自分の母親と近親相姦して生ませた子がコルマクだったということを意味している[注釈 5]en:Cináed ua hArtacáin (975年没)の詩の注釈文でも「コンホヴァルが酔った勢いで母親ネスを妊娠させたゆえにコル・リンガスすなわち「流浪の近親相姦」と呼ばれる」と説いている[15]。別の物語では、コルマクの母親はクロトル(Clothru, Clothra)[16]という名の上王エオヒド・フェドレフの娘、つまりはメイヴ女王の姉妹[17]ともいわれる。

所有品 編集

『コンホヴァルの話』[18] によれば Croda という血みどろの盾、あるいは剣[19]をもつ。
 近代創作の中では、この他にも名のある剣や槍を所有する(継承する)と脚色されている。

近代創作 編集

グレゴリー夫人 (「デァドリー」の終盤[20])では、竪琴師クレイフタイン (Craiftine) はアスローンやこの館の近辺に住んでおり[注釈 6]、コルマクらの一行が二人の鍛冶師の家(=ダ・ホカの館)に泊まり、コノートの軍がこれを襲うのを待ち受け、ハープで眠気の曲を奏でてコルマクから起き上がる力すらを奪った、そのためにコルマクは戦死したという設定になっている[注釈 7]

フィオナ・マクラウド英語版の短編[21]だと、コンホヴァルの息子の名はコルマク・コンリナスで、エイリイ(Eilidh) はその子を身ごもるが、夫の竪琴師クレヴィンに露見し、「緑の琴弾き」と呼ばれる妖精から手ほどきを受けたクレヴィンによって二人は破滅する。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 《追放された者(longas)の頭(conn)》を意味する[4]
  2. ^ 長い(ロンガス)追放の頭(コン)を意味する[5]
  3. ^ 身柄保証人がこの三人なのは『ウシュナハ/ウシュリウの息子達の流浪』en:Longas mac nUislennと題する古稿である。近代の稿本『〜子らの最期』(Aided Chloine Uisnig)だと、武器名等が登場するかわりに、保証人がフェルグス、コナル、クーフリーリンに置換わる。
  4. ^ 正確には「これはお前の馬具だよ」
  5. ^ 異本Bでは別人のネス(Nes "daughter of Feradhach Redweapon)とし、近親相姦だという事実を回避している。しかし「しかもネスに生ませた子が..」が揶揄であるなら、そのネスがフェルグスと関係していた女性でないと、理にかなわない。コンホヴァルの母親のネスは一年間のあいだフェルグスの妻になっている。
  6. ^ 妻セーン (Scanb) とコルマクが密会していたアスローンの北東6マイルにダ・ホカの館の場所はある(参考文献:Kelly)
  7. ^ この展開はオカリー講義集に書かれており、竪琴師の楽器の名が「頭眠らせのケシュ琴」(前注)の意味と合致するが、Stokes の編した物語の展開とは異なる。

出典 編集

  1. ^ a b マイヤー『ケルト事典』 「コルマク・コン・ロンガス」(106頁)。英訳 Maier, Dict. Celt. Rel. and Cult. p.81 (参考文献)]
  2. ^ グレゴリー夫人版「デアドラ物語」邦訳133-4頁. 原書 pp.141-2
  3. ^ Stokes 編訳 Hostel of Da Choca
  4. ^ マイヤー (2001) [要ページ番号]
  5. ^ コットレル(1999), pp. 242-243.
  6. ^ Mackillop, Dict. of Celtic Mytholgy, "Connloinges"
  7. ^ クアルンゲの牛捕り』第2稿本(《レンスターの書》) Táin Bó Cúalnge from the Book of Leinster "Fergus grasped the Caladbolg in both hands and swung it back behind him .. Cormac Cond Longas, the son of Conchobor, saw him and he rushed towards Fergus and clasped his two arms about him." (Cecile O'Rahilly 英訳)
  8. ^ 転写はマイヤー『ケルト事典』の平島の訳
  9. ^ Stokes 編訳 The Hostel of Da Choca, RC 21 (1900年)
  10. ^ 『ダ・デルガの館の崩壊』のコナレ・モール上王やクーフーリンの死。
  11. ^ アイルランド語文 ceis cenntuill の、Stokes 英訳は"hole-headed lute"で、これの和訳。
  12. ^ O'Curry (Manners 3, p.254)が、"a head-sleeping, or a debilitating Ceis”と読みかえていることを辺見が指摘。
  13. ^ アイルランド語 ケシュ céis2 は "part of a harp. Also explained as (small) harp (DIL 辞典)"と定義されるが、12世紀の赤牛の書(略称LU)の所収詩「コルム・キルの賛辞」にある語釈でこの語は5,6通りの説明がされていて正確な意味の理解が失われている。ここではそのうち LU 616行 ".i. céis ainm do chruith bic bís i comaitecht chruite "-O'Curry (参考文献) p.253 "name of a small harp which accompanied a large harp in co-playing"を採択する。
  14. ^ 『ダ・ホカの館』 Stokes 編 §39 および巻末注
  15. ^ 「アイルランドの諸侯の死について」Stokes 編"On the deaths of some Irish heroes" (参考文献参照)。詩の第5詩節は、コルマクの墓がダ・ホカの館にあると説くが、Egerton 異本には次なる注釈文(gloss)が付く"the gloss in Egerton is translated 'i.e., Condloinges i.e. incest of exile, i.e. Conchobar through drunkenness begat him on his (Conchobar's) mother, i.e. on Ness, whence is said col loingis 'incest of exile'." p.332
  16. ^ マイヤー辞典。(発音:kloθru)
  17. ^ 『ボイン川の戦い』O'Neill 編訳(参考文献参照)"Clothra, daughter of Eochaid Feidleach, mother of Cormac Conloingeas, Conchobar's son (or Nessa daughter of Eochaid Sulbaide was the mother of Cormac Conloingeas)"</quot>), p.177
  18. ^ Scéla Conchobair maic Nessa, Whitley Stokes 編訳;O'Curry, Manners 2, 332-3; Kinsella, The Táin, p.5
  19. ^ Mountain, The Celtic Ency. 2, p.485 "sword (Croda)"
  20. ^ 三宅・森定共訳 133-4頁。Lady Gregory, Cuchulain of Muirthmne (1902), pp.142-3 (参考文献参照)
  21. ^ "The Harping of Cravetheen" (荒俣訳「クレヴィンの竪琴」松村訳「琴」)

参考文献 編集

事典など 編集

  • Mackillop, James, Dictionary of Celtic Mytholgy (1998)
  • Maier, Bernhard, Dictionary of Celtic Religion and Culture (Boydell 1997) "Cormac Conn Longas" p.81 (英訳)
    • 日本語訳:マイヤー, ベルンハルト『ケルト事典』鶴岡真弓監修、平島直一郎訳、創元社、2001年9月。ISBN 978-4-422-23004-7 
  • Mountain, Harry, The Celtic Encyclopedia 2, pg.485-

一次資料 編集

  • 『ダ・ホカの館』Whitley Stokes 編訳 The Hostel of Da Choca. Revue Celtique 21 (1900), pp.149-165, 312-327, 388-402。
  • Cináed ua hArtacáin (975年没)の詩。Whitley Stokes 編訳注 "On the Deaths of Some Irish Heroes" Revue Celtique 23, 第5詩節。底本編訳 p. 304/5 ; Egerton 異本(注釈文gloss付) p. 324; 巻末注 p.332
  • 『ボイン(ボーニャ)の戦い』Joseph O'Neill, "Cath Boinde", Ériu 2 (1905), pp. 173-185

二次資料 編集

近代創作 編集

  • Fiona MacLeod (William Sharp), "The Harping of Cravetheen", The Sin-Eater and Other Tales (1895).
    • 日本語訳:荒俣宏訳「クレヴィンの竪琴」『ケルト民話集』(月刊ペン社 1983年/ 筑摩書房 1991年)所収「クレヴィンの竪琴」;
    • 日本語訳:松村みね子訳『かなしき女王』(第一書房 1925年 沖積舎 1989年 筑摩書房 2005年)所収「琴」