ゴーイング・ポスタル

ゴーイング・ポスタル(Going postal)は、アメリカ英語スラングで、しばしば暴力的な事態にも繋がりうる制御不可能なほどに激高した状態、また特に職場におけるものを指す。

1986年以降、アメリカ合衆国郵便公社(United States Postal Service, USPS)職員による上司や同僚、警察官や一般市民を標的とした大量殺人が相次いだことに由来する。1970年から1997年までの期間、少なくとも40人が郵便公社の職員または元職員によって殺害されており、このうち20件が職場内暴力(workplace rage)に関連した事件とされる。

語源編集

「ゴーイング・ポスタル」の用例として最も古い記録は、1993年12月17日付『セントピーターズバーグ・タイムズ』に掲載された記事である。

このシンポジウムは、いくつかの職場で「ゴーイング・ポスタル」なる表現で知られる過度のストレスの噴出に起因する事件が頻発した後、郵便公社の後援のもと催された。1983年以来、11ヶ所の郵便局で銃撃事件があり、35人が死亡している。郵便公社は「ゴーイング・ポスタル」なる用語を認めず、人々に使用を控えるように働きかけてきた。しかし、一部の郵便局員らは職場でそうしたものの存在を感じているという。
The symposium was sponsored by the U.S. Postal Service, which has seen so many outbursts that in some circles excessive stress is known as 'going postal.' Thirty-five people have been killed in 11 post office shootings since 1983. The USPS does not approve of the term "going postal" and has made attempts to stop people from using the saying. Some postal workers, however, feel it has earned its place.[1]

1993年12月31日付『ロサンゼルス・タイムズ』の記事では、次のように用いられた。

国内各地で起こるより深刻な銃乱射事件とは異なり、この一件は我々の言語に新たな言葉をもたらした。職場内での銃撃事件は「ゴーイング・ポスタル」と呼ばれる。
Unlike the more deadly mass shootings around the nation, which have lent a new term to the language, referring to shooting up the office as "going postal".[2]

有名な「ゴーイング・ポスタル」事件編集

1986年オクラホマ州エドモンド編集

1986年8月20日、オクラホマ州エドモンドにて、郵便局員パトリック・ヘンリー・シェリルが職場内で銃を乱射した。14人の職員が射殺され、6人が負傷した。シェリルは犯行後に自らの頭を撃ち自殺した[3]

1991年ニュージャージー州リッジウッド編集

1991年、ニュージャージー州リッジウッド英語版にて、 元郵便局員ジョーゼフ・M・ハリス(Joseph M. Harris)が、元上司キャロル・オット(Carol Ott)とオットのボーイフレンドだったコーネリアス・キャステン・ジュニア(Cornelius Kasten Jr.)を彼らの自宅にて殺害した。事件翌日の1991年10月10日朝、ハリスはさらにリッジウッド郵便局に務める郵便仕分け作業員で59歳のジョーゼフ・M・バンダーパーウ(Joseph M. VanderPaauw)をプロスペクトパーク英語版で、同じく郵便仕分け作業員で63歳のドナルド・マクノート(Donald McNaught)をポンプトン・レイクス英語版にて殺害した[4][5]

1991年ミシガン州ロイヤルオーク編集

 
ロイヤルオーク郵便局

1991年11月14日、ミシガン州ロイヤルオークにて、元郵便局員トーマス・マキルベイン(Thomas McIlvane)が郵便局内でライフル銃を乱射し、自らを含む5人を殺害した。事件はマキルベインが「反抗的」(insubordination)との理由で解雇された直後に発生した。彼は以前にも郵便配達中に客と口論を起こしたことから停職処分を受けたことがあった[6]

事件前、ロイヤルオーク郵便局には労使関係や運営に関連した問題の報告や顧客サービスへの苦情が相次いでいたこともあり、事件は地元メディアの注目を集めた。カール・レビン英語版上院議員の事務所が事件の調査を行い、1991年9月10日には調査結果が覚書きとして要約された。この覚書きによれば、マキルベインによる乱射事件以前には、嫌がらせ、脅迫、虐待、えこひいきに基づく昇進あるいは降格が横行し、郵便配達およびサービスに関する幅広い問題が多数存在したという[7][8]

1993年の2つの事件編集

1993年5月6日、2件の殺人事件がわずか数時間の間に起きている。ミシガン州ディアボーンの郵便局では、ローレンス・ジャション(Lawrence Jasion)が3人を負傷させ、1人を殺害した後に自殺した。カリフォルニア州デイナポイントでは、マーク・リチャード・ヒルバーン(Mark Richard Hilbun)が母親と飼い犬を殺した後、2人の郵便局員を射殺した[9]。この2件の殺人事件を受け、郵便公社は同年中に85名の職場環境分析者を雇用し、85ヶ所の郵便管区に配置した。職場環境分析者は暴力の排除と環境の向上を職務としていたが、2009年には郵便公社小型化努力の一環として全て廃止された[10]

2006年カリフォルニア州ゴリータ編集

2006年1月30日、元郵便局員ジェニファー・サンマルコ(Jennifer San Marco)が、カリフォルニア州ゴリータの郵便仕分け施設で拳銃を乱射し、6人の郵便局員を射殺した後に自殺した[11]。また、事件後には彼女がかつて暮らしていたマンションにて警察が7人目の犠牲者を発見している[12]。報じられたところによれば、郵便公社では2003年に精神状態の問題を理由にサンマルコを解雇していたという。この事件は女性によって引き起こされたものとしては、アメリカにおける最悪の職場内銃乱射事件であると考えられている[13][14]

2006年オレゴン州ベーカーシティ編集

2006年4月4日、オレゴン州ベーカーシティの郵便配達員グラント・ギャラーは上司を殺害したことを認めた[15] 。伝えられるところによれば、ギャラーは郵便局長を殺害するために.357マグナムリボルバーを購入して郵便局へと向かった。駐車場で上司を見つけると複数回繰り返し車で轢き、それから郵便局へ向かって局長を探したものの見つけられず、駐車場に戻って上司を射殺した[16]。ギャラーは事件3週間前に新しい配達ルートに割り当てられたが、そのために労働時間が伸びて一週間続けて働かねばならなくなったことなどにプレッシャーを感じていたという[16]

2017年オハイオ州コロンバス編集

2017年12月23日、郵便局員デシャウーン・スチュワート(DeShaune Stewart)が2人の同僚、上司、郵便局長を射殺した[17]

分析編集

研究者によれば、郵便関連施設職員による殺人事件の割合は他の業種より低いという。この割合が最も高いのは、労働者100,000人あたり1年に2.1件の殺人が起こるとされる小売業である。全ての業種を含めた場合、労働者100,000人あたり1年に0.77件の殺人が起こるとされ、一方で郵便業の場合は労働者100,000人あたり1年に0.22件の殺人が起こるとされた[18]

1993年、アメリカ合衆国議会では、郵便公社における暴力事件の実態を探るために合同聴聞会を開いた。この中では郵便業労働者の割合は民間常勤労働者の1%未満であるにも関わらず、職場内殺人の13%が郵便関連施設にて職員または元職員によって引き起こされていることが問題視された[19]

文化への影響編集

しばしば論争を引き起こすビデオゲームシリーズ『ポスタル』は、この語に因んだタイトルである。1作目でプレイヤーが演じるのは残虐な大量殺人者であったが、以後のシリーズ作では給料を受け取るなどの日常的な雑用を目的としつつ、不必要に暴力的な選択肢も用意されている。1997年、郵便公社は「ポスタル」(Postal)という語の使用について、製作元のランニング・ウィズ・シザーズ英語版社(RWS)を訴えた。RWS側はポスタルなるタイトルではあっても、郵便公社やその職員とは全く無関係のゲームであると主張した。2003年、権利の侵害は認められないとして棄却された[20]

1995年の映画『クルーレス』の劇中でもこの語が用いられ、この映画によって一般に広く知られるようになったと言われている[21]。撮影当時はまだ珍しい言い回しであったため、俳優たちはgo postalなる台詞の意味を理解できなかったという[22]

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ Vick, Karl, "Violence at work tied to loss of esteem", St. Petersburg Times, Dec 17, 1993
  2. ^ "The Year in Review 1993", Los Angeles Times, December 31, 1993
  3. ^ “On August 20, 1986, a part-time letter carrier named Patrick H. Sherrill, facing possible dismissal after a troubled work history”. The Journal of Employee Assistance. (2005年). http://findarticles.com/p/articles/mi_m0PLP/is_2_35/ai_n17209169 2007年9月12日閲覧。 
  4. ^ Hanley, Robert (1991年10月11日). “4 Slain in 2 New Jersey Attacks And Former Postal Clerk Is Held”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1991/10/11/nyregion/4-slain-in-2-new-jersey-attacks-and-former-postal-clerk-is-held.html?pagewanted=all&src=pm 
  5. ^ “A former postal worker commits mass murder.”. The History Channel website. (2010年). http://www.history.com/this-day-in-history/a-former-postal-worker-commits-mass-murder 2010年11月11日閲覧。 
  6. ^ Levin, Doron P. (1991年11月15日). “Ex-Postal Worker Kills 3 and Wounds 6 in Michigan”. The New York Times. https://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?sec=health&res=9D0CE3D6163BF936A25752C1A967958260 2008年2月26日閲覧。 
  7. ^ Withers, Charlie. "The Tainted Eagle".
  8. ^ A post office tragedy:the shooting at Royal Oak, report of the Committee on Post Office and Civil Service, House of Representatives, 102 Congress, ISBN 9780160386589"
  9. ^ Gregory K. Moffatt, Blind-Sided: Homicide Where It Is Least Expected, at 37 (2000).
  10. ^ Musacco, Stephen (2009). Beyond going postal: Shifting from workplace tragedies and toxic workplace environments to a safe and healthy organization. Booksurge. p. 34. "the notion of 'going postal' as a myth is not supported by the overwhelming evidence to the contrary" 
  11. ^ Holusha, John; Archibold, Randal C. (2006年2月1日). “Ex-Employee Kills 6 Others and Herself at California Postal Plant”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2006/02/01/national/01postal.html?_r=1&oref=slogin 2010年5月3日閲覧。 
  12. ^ “Death Toll in Calif. Postal Shooting Rises: Calif. Sheriff's Deputies Say Woman Accused in Post Office Killings May Have Also Shot Her Former Neighbor”. ABC News. http://abcnews.go.com/US/wireStory?id=1565649 
  13. ^ “Seven dead in California postal shooting”. CNN. (2006年1月31日). http://www.cnn.com/2006/US/01/31/postal.shooting 
  14. ^ “US ex-postal employee kills six”. BBC News. (2006年1月31日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/americas/4665790.stm 2010年1月4日閲覧。 
  15. ^ “Gallaher Sentenced in Baker County Circuit Court”. Hells Canyon Journal: p. 3. (2006年8月16日). https://news.google.com/newspapers?id=aeA4AAAAIBAJ&sjid=vhQGAAAAIBAJ&pg=1870,1355376&dq=grant-gallaher&hl=en 2010年9月19日閲覧。 
  16. ^ a b http://www.bakercityherald.com/csp/mediapool/sites/BakerCityHerald/LocalNews/story.csp?cid=4122312&sid=818&fid=151
  17. ^ “Enraged naked postal worker goes on killing spree, police say”. Fox News. (2017年12月24日). http://www.foxnews.com/us/2017/12/24/ohio-postal-workers-slayings-stun-friends-family-members.html 2017年12月30日閲覧。 
  18. ^ Permanent.access.gpo.gov Report of The United States Postal Service Commission On A Safe And Secure Workplace August 2000
  19. ^ Musacco, 2009
  20. ^ Calvert, Justin. “Postal court case dismissed”. 2003年6月25日閲覧。
  21. ^ Skeels, Virginia. “The cast of Clueless reunites”. 2012年10月5日閲覧。
  22. ^ Lang, Nico. “25 Little-Known Facts About Clueless”. 2012年10月5日閲覧。

参考文献編集

  • Beyond Going Postal by Stephen Musacco, which examines the paramilitary, authoritarian postal culture and its relationship to toxic workplace environments and postal tragedies. (1-439220-75-1)
  • Going Postal: Rage, Murder, and Rebellion by Mark Ames, which examines the rise of office and school shootings in the wake of the Reagan Revolution, and compares the shootings to slave rebellions (1-932360-82-4)
  • Going Postal by Don Lasseter, which examines the issue of workplace shootings inside the USPS (0-7860-0439-8)
  • The Tainted Eagle by Charlie Withers, a union steward in the Royal Oak Post Office at the time of the shootings in Royal Oak, Michigan. (1-436396-41-7)
  • Lone Wolf by Pan Pantziarka, a comprehensive study of the spree killer phenomenon, and looks in detail at a number of cases in the U.S., UK and Australia. (0-7535-0437-5)
  • Bob Dart, "'Going postal' is a bad rap for mail carriers, study finds", Austin American-Statesman, September 2, 2000, p. A28

外部リンク編集