シムケント

カザフスタンの都市

シムケントカザフ語: Шымкентウズベク語: Chimkent / Чимкент英語: Shymkent または Shimkent)は、カザフスタン共和国の都市。かつては南カザフスタン州(現在はテュルキスタン州へ改名)の州都であったが、2018年6月19日より同州を離脱し州に属さない特別市となった[3]。シムケントの人口は、同国でアルマトイ、アスタナに次いで3番目の都市である。ロシア帝国ソビエト連邦時代の表記は Чимке́нт(Chimkent)トルキスタン・シベリア鉄道が通る交通の要衝あり、ウズベキスタンの首都・タシュケントからわずか120kmである。

シムケント
Шымкент
シムケント
シムケント
シムケントの市章
市章
位置
の位置図
地図
位置
シムケントの位置(カザフスタン内)
シムケント
シムケント
シムケント (カザフスタン)
座標 : 北緯42度30分0秒 東経70度00分0秒 / 北緯42.50000度 東経70.00000度 / 42.50000; 70.00000
歴史
建設 12世紀
行政
カザフスタンの旗 カザフスタン
 行政区画 特別市
 市 シムケント
市長 ムラト・ドゥイセンベコヴィチ[1]
地理
面積  
  市域 1,163 km2
標高 506 m
人口
人口 (2022年現在)
  市域 1,184,113人
    人口密度   1,018人/km2
  備考 [2]
その他
等時帯 UTC+5
夏時間 なし
郵便番号 160000
市外局番 (+7) 7252
ナンバープレート 17
ISO 3166-2 KZ-79
公式ウェブサイト : https://shymkent.gov.kz/(英語版)

概要 編集

地名の由来 編集

シムケントという名はカザフ語でもウズベク語でも「草原の都市」を意味する。

歴史 編集

シルクロード 編集

モンゴル帝国 編集

市場ができ、町の人々と遊牧民の間の交易で成長するも、チンギス・カンに破壊される。 その後コーカンド・ハン国の領土となった。

ロシア帝国 編集

ソビエト連邦 編集

地理 編集

 
郊外には夏でも雪を抱く4,000mの山が連なる

気候 編集

シムケントの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 22.2
(72)
24.5
(76.1)
30.7
(87.3)
33.0
(91.4)
37.8
(100)
43.0
(109.4)
44.3
(111.7)
42.2
(108)
39.2
(102.6)
34.4
(93.9)
30.5
(86.9)
25.4
(77.7)
44.3
(111.7)
平均最高気温 °C°F 4.1
(39.4)
6.6
(43.9)
12.9
(55.2)
19.2
(66.6)
25.1
(77.2)
30.0
(86)
32.7
(90.9)
32.1
(89.8)
27.2
(81)
18.8
(65.8)
12.0
(53.6)
6.0
(42.8)
18.89
(66.02)
日平均気温 °C°F −0.7
(30.7)
1.6
(34.9)
7.6
(45.7)
13.6
(56.5)
19.1
(66.4)
23.7
(74.7)
26.3
(79.3)
25.3
(77.5)
19.9
(67.8)
12.3
(54.1)
6.4
(43.5)
0.9
(33.6)
13
(55.39)
平均最低気温 °C°F −4.8
(23.4)
−2.7
(27.1)
3.0
(37.4)
8.3
(46.9)
12.9
(55.2)
16.7
(62.1)
19.1
(66.4)
17.9
(64.2)
12.8
(55)
6.6
(43.9)
1.7
(35.1)
−3.1
(26.4)
7.37
(45.26)
最低気温記録 °C°F −31.1
(−24)
−28.9
(−20)
−23.9
(−11)
−5.0
(23)
−2.8
(27)
5.5
(41.9)
7.8
(46)
7.0
(44.6)
−1.1
(30)
−12.0
(10.4)
−30.0
(−22)
−26.1
(−15)
−31.1
(−24)
降水量 mm (inch) 73
(2.87)
70
(2.76)
83
(3.27)
69
(2.72)
56
(2.2)
16
(0.63)
12
(0.47)
4
(0.16)
10
(0.39)
41
(1.61)
67
(2.64)
75
(2.95)
576
(22.67)
出典:[4]

人口 編集

人口構成 編集

民族構成(シムケント市)2015
カザフ人
  
63.78%
ウズベク人
  
18.78%
ロシア人
  
10.91%
アゼルバイジャン人
  
1.79%
タタール人
  
1.19%

ウズベキスタンの首都タシュケントまで近いことから、カザフスタンの中で最もウズベク人の割合が高い都市であり[5]、2018年では2割を占める。またロシア人も1割を占めるなど比較的多く、その他アゼルバイジャン人、タタール人、高麗人、ウクライナ人等で構成される多民族都市となっている。

対外関係 編集

姉妹都市・提携都市 編集

経済 編集

産業 編集

1930年代ごろから鉛の採掘を基盤とした工業が発展した。 精錬工場は1934年または1938年に操業を開始し、銅や鉛などの金属や、赤軍で使用される弾丸の4分の3が生産された。 精錬工場は極度の土壌汚染(鉛、カドミウムなど)が問題になり2008年に一度操業を停止したが、2010年にイギリスの企業Kazakhmysの傘下に入り再び稼働を始めた。

現在は亜鉛、カラクールの織物、医薬品の製造が主に行われている。

交通 編集

空路 編集

空港 編集

出身関連著名人 編集

出身著名人 編集

脚注 編集