ジャン・ドーベルヴァル

ジャン・ドーベルヴァル(Jean Dauberval または Jean D'Auberval, 1742年8月19日 - 1806年2月14日)は、フランスバレエダンサー振付家である。現在も上演されている最古のバレエの一つ『ラ・フィユ・マル・ガルデ』の作者として名を残している[1]

ジャン・ドーベルヴァル、1790年

プロフィール 編集

ドーベルヴァルは本名をジャン・ベルシェール(Jean Bercher)といい、モンペリエで生まれた。彼はパリ・オペラ座の付属バレエ学校で、著名なバレエの教師ジャン=ジョルジュ・ノヴェールに指導を受けた。

その後、彼はジャン=ジョルジュ・ノヴェールに出会ったシュツットガルトで働いた。

ジャン=ジョルジュ・ノヴェールは彼について自身の手紙にこう書いている。「彼は知性、センス、洞察力、野心という成長に必要なものに幼少期から恵まれている。」

1763年に、ドーベルヴァルはパリ・オペラ座のプルミエ・ダンスールに任命され、1771年にはバレエ・マスターの位置に着いた。

1783年には、ドーベルヴァルはボルドーに移り、その地で1791年までバレエ・マスターの地位に留まった。

1780年、彼はジャン=ジョルジュ・ノヴェールと共に『ガマーシュの結婚』(小説『ドン・キホーテ』より)を創った。

1789年に彼は現在でも有名な『ラ・フィユ・マル・ガルデ』を振り付け、7月1日(パリで起こったバスティーユ襲撃の2週間前)にボルドーで初上演させた。ヒロイン、リーズ[2]の初演者は、彼の妻であったマダム・テオドール(Madame Théodore, 1760年10月6日 - 1798年9月9日[3]だった。

ドーベルヴァルはトゥール1806年に死去した。

主な作品 編集

  • Le Déserteur(1785年
  • Le Page inconstant[4]1787年
  • ラ・フィユ・マル・ガルデ(1789年
  • Télémaque dans l'île de Calypso(1797年

脚注 編集

  1. ^ ドーベルヴァルによる当初の振付は失われ、現在ではフレデリック・アシュトンによるものが有名である。
  2. ^ 当初は「リゾン」(Lison)という役名だった。
  3. ^ 本名はMarie-Madeleine Crespéである。
  4. ^ ボーマルシェの『フィガロの結婚』をもとにした作品である。