トッド・ハワード

トッド・ハワード: Todd Howard)はアメリカ合衆国ビデオゲームデザイナー、ディレクター、プロデューサー英語版ベセスダ・ゲーム・スタジオのゲームディレクター兼製作総指揮者として『Fallout』シリーズと『The Elder Scrolls』シリーズの開発を主導した。

トッド・ハワード
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トッド・ハワード
生誕アメリカ合衆国ペンシルベニア州ローワー・マカンギー・タウンシップ英語版
国籍アメリカ合衆国
職業ビデオゲームデザイナー/プロデューサー
雇用者ベセスダ・ゲーム・スタジオ
著名な実績The Elder Scrolls, Fallout

経歴編集

ペンシルバニア州ローワー・マカンギー・タウンシップ英語版 で生まれ、若くしてコンピュータ、特にビデオゲームに興味を持っていた[1]。自らのゲームにインスピレーションを与えたものとしては、ウィザードリィUltima 3英語版を挙げている[1]。1989年にペンシルバニア州エメーアス英語版にあるエメーアス高等学校英語版 を卒業し、バージニア州にあるウィリアムズバーグウィリアム・アンド・メアリー大学に進学。在学中、ベセスダ・ソフトワークスの『Wayne Gretzky Hockey 3』をプレイしたことをきっかけに同社に職を求めたが、大学を卒業していないことを理由に拒否される。1993年、大学を卒業。専攻は工学と経営学だった。ゲーム開発志望にも関わらずこの二分野を選んだのは「大学卒業のために一番簡単な手段」だったためだという[1]。その後、再びベセスダに就職を試みるも、今度は未経験を理由に断られ、一旦別のゲーム会社に就職した。

1994年、ベセスダに入社。同社におけるゲーム開発の最初の功績は 『The Terminator: Future Shock英語版』と『SkyNET英語版』のプロデューサー兼デザイナーであった。

The Elder Scrolls』シリーズには1996年にリリースされた『The Elder Scrolls II: Daggerfall英語版』から参加した。

1998年にリリースされた 『The Elder Scrolls Adventures: Redguard英語版』で初めてプロジェクトリーダーを務め、その後『The Elder Scrolls III: Morrowind』、『The Elder Scrolls IV: Oblivion』、『Fallout 3』、『The Elder Scrolls V: Skyrim』、『Fallout 4』、『Fallout 76』の開発を指揮している。

発言編集

ハワードは産業界イベントの常連講師であり、その作品は ニューズウィークCNNUSAトゥデイThe Today Showから世界中の雑誌ですべて取り上げられた。ハワードは、ベセスダの『Elder Scrolls』ゲームの哲学は人々に「もう一つの世界で、もう一つの人生を送る」ことができるようにすることと述べた。[2]

ハワードは2009年と2012年の D.I.C.E. Summit英語版 で開発者の前で、ゲーム開発ので分かち合う3つのルールについて口を開いた。

  • 素晴らしいゲームは作らないで遊ぶこと - 「あなたはいつも素晴らしい設計文書を持つことができる。そしてあなたはそのゲームをプレイするやいなや、ゲームの90%を変えようとしている。」
  • シンプルであれ - 何かをするということは、あなたが思っている以上に本当に随分と時間がかかる。シンプルなシステムの演出は同時にプレイヤーが面白く味わうことができる複雑なものを生み出す。
  • 体験を明確に示せ - 「箇条書きリストであなたのゲームを定義するな…あなたが人々に体験させたいことを明確に示せ。」[3]

ハワードは開発者は商品の購買層と設置基盤英語版 (プラットフォーム)を無視して情熱に従うべきだとも言っている。「もし設置基盤が重要だったならば、我々はすべてボードゲームを作っていただろう。なぜならば数多くのテーブルがあるからだ。」[4]

評価編集

GamePro英語版 マガジンはハワードを過去20年に渡ってゲームでもっとも影響力のある人物トップ20に指名した[5]IGNでも史上最高のトップゲームクリエイターの一人として指名されている[6]

参考文献編集

外部リンク編集