ノート:コピュラ

最新のコメント:7 年前 | トピック:「ウナギ文」の節を除去 | 投稿者:KAWASAKI Hiroyuki

質問ですがイクオールって equal のことでしょうか?

多分そうだと思います。Bit 2006年12月25日 (月) 03:16 (UTC)返信

「ウナギ文」の節を除去 編集

 「ウナギ文」の節を除去。以下述べる通り、これはそもそも枠組みとして破綻しているため、問題点を修正していくと内容がなくなってしまい、残す意義がない。それでもなおこの概念について重要性を認める向きがあるならば、それなりに努力のなされた研究を出典として、一から書き直すことを求める。

 日本語の「は格」は、いわゆる「主格」とは違う。古漢語において動詞の前に置かれる名詞が必ずしも動作主体でないのと同様に、日本語において「は格」はそもそも動作主体を表すものではない(例:「彼は僕が殺した」;ここにおいて、「彼」は主体ではなく客体)。よって、述語に対応する主体を表さない「は格」があることを以って「日本語のコピュラの特徴」であるとする理論は根本的に不適切である。「特徴」は「だ」ではなく「は」にあると言うべきである。ここにおける「だ」は、「動詞の代替」として用いられているのではなく、あくまで名詞を述語化するという文法的機能を果たしているに過ぎない。すなわち「だ」の全く通常の用法であり、特別な名前を付けること自体がナンセンスである。分かりやすく言えば、「僕はウナギだ」という文を何らかの省略形と捉えるとすると、「僕はウナギ(を食べる)」の略ではなく、「僕は(食べるのは)ウナギだ」の略であると言える。「は」「が」という格助詞は、意味上はあらゆる「格」の意味を取ることができるものであり、その役割は論理関係を示すことである。

 以上の内容は私の独自研究であり、これを記事本文に直接反映させることはしない。しかし、正確性への疑問を呈する根拠として提示する。これによりまず第一に、出典のない記述の除去、および除去された状態の維持を求め、第二に、「ウナギ文」に対する出典が出てきた場合においても、異論の存在することを主張し、新たな出典を用意して両論併記または書き換えを行う必要のあることを主張する。--Kirikaxfan会話2012年5月22日 (火) 13:11 (UTC)返信


(参考:除去した記述)

ウナギ文
日本語では、「僕はウナギだ」「私はプリンです」のように、「買う」「選ぶ」「取る」「食べる」などの意の動詞の代替でコピュラを用いることが多くあり、このようにコピュラの使用をする構文を最も代表的な「僕はウナギだ」にちなんで、ウナギ文という。
中国語では別の意味の動詞の替わりにコピュラを用いてウナギ文になることはない。しかし主語やその後の言葉が省略されてウナギ文になることがある。「我是练习本(私は練習帳です)」「我是501室(私は501号室です)」前者は「私のは練習帳です(我的是练习本)」という意味であり、後者は私は501号室のもの(我是501室的人)という意味である。
いきなりの完全削除はやりすぎと思われましたので、要検証つきで復活させてもらいました。議論が生まれたらいいと思います。よろしくお願いします。ぎゅうひ会話2012年9月1日 (土) 12:51 (UTC)返信
日本語に於いて他言語の「主格」に相当するものは「が」という格助詞です。「は」は話題化を表示する、副助詞の一つであるので、「も」等他の副助詞と文法的には置換可能です。よって、述語に対応する主体を表さない「は格」があることを以って「日本語のコピュラの特徴」であるとする理論は根本的に不適切で、「日本語のコピュラの特徴」は「は」にあるのではありません。印欧語やセム語にない(要出典?)、「だ」(「です」「である」等も含む)という助動詞が名詞を述語化するという文法的機能を果たすところにあります。故に、この特徴に特別な名前を付けることはナンセンスなどではなく、むしろ新たな記事とするに値しうる事項だと思われます。また「が」は格助詞であり、日本語文法に於ける「主格」=「が格」しか表示できませんが、「は」は副助詞であり、話題化を表示するとともに、主格助詞「が」や対格助詞「を」を非表示にするため、格助詞のようにみえるだけです。
「ウナギ文」の節は除去するには値しませんが、出典は明記すべきです。また、「ウナギ文」という項目名も検証する必要性があります。
また、Kirikaxfanの主張される異論は特筆性に値しないように思われますが、両論併記するにしても、さらに、その異論への反論も併記する必要があると思われます。--Sapientius000会話2013年5月26日 (日) 11:10 (UTC)返信
  コメント 山本幸一「「ウナギ文」の分析 —連結メトニミーとして—」(2006年)に、当時の先行研究と、それに対する問題点の指摘がまとめられているようです(著者は2008年3月に博士を授与されている (PDF) ので、中間発表等を論文化したものではないかと推測します)。この論文自体に対する反論の有無は確認していませんが、たとえば今田水穂「名詞述語文の生成語彙論的解釈」(2012年)ではウナギ文が特に注釈もなく「換喩的関係 (metonymy) にある」とされているので、ウナギ文を換喩として理解すること自体は現在では広く受け入れられているのではないかと思います(もしかすると著者の立場を示しているだけかもしれませんが)。
現在の節「ウナギ文」に加筆するにせよ、単独立項するにせよ、日本語学・認知言語学・比較言語学・日本語教授法などでの議論の動向を把握したうえで、適切な出典を選択する必要があると思われます。図書館のレファレンスサービス等にこのあたりを期待するのは難しそうです。 --KAWASAKI Hiroyuki会話2017年5月2日 (火) 05:51 (UTC)、一部修正:2017年5月2日 (火) 06:29 (UTC)、2017年5月2日 (火) 10:04 (UTC)返信
  報告 記事本文の見出し名が「……について」というのは冗長なので、単に“#ウナギ文”としました。かぎ括弧つきで“#「ウナギ文」”とすることも考えましたが、前述の今田(2012)では「ウナギ文」という用語が注釈なしに使われているようなので、かぎ括弧はつけませんでした。 --KAWASAKI Hiroyuki会話2017年5月2日 (火) 10:04 (UTC)返信
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