ノート:ベルリンの戦い/過去ログ1

過去ログ1 過去ログ2

要改定、検討項目

1)ドイツ軍の指揮官は、ヴァイクセル軍集団司令官のゴットハルト・ハインリキ、中央軍集団司令官フェルディナント・シェルナーを付け加えるべき。

2)戦いの経過について、スターリンは西側連合軍がベルリンに進撃できないのではなく、進撃しないことを知っていたのではなかったかと。スターリン自身がベルリンは最早、重要な目標ではないと煙幕を張り、アイゼンハワーもベルリンよりも「幻の」アルプス要塞を重視していた。この結果、米英軍はエルベ川の線にて停止することになり、赤軍も副次的な攻撃のみを行うという言明が、スターリンとアイゼンハワーの電文のやり取りで取り交わされていた。ただし、スターリンはそんなことは露にも思っておらず、この電文のやり取りの後、ジューコフ、コーネフにベルリン攻略の準備を急がせた。

3)スターリンはまったく西側連合軍を信じておらず、この電文のやり取りの後も、エルベ川の線を超えて西側連合軍が進撃すると猜疑心を抱いていた。

4)スターリンはまったく余裕綽々ではなかった。ジューコフを後退させたという事実もなかったはず。ただし、ジューコフとコーネフを競わせようとしたのは間違いがなく、ベルリン市街については両者の方面軍の間の作戦区域の設定を、事前には明確に定めなかった。

5)ジューコフの第1白ロシア正面軍の前面にはヴァイクセル軍集団(ハインリキ指揮)の第9軍が、コーネフの第1ウクライナ正面軍の前面には中央軍集団(シェルナー指揮)の第4装甲軍が位置していた。なお、第1白ロシア正面軍の北方にはロコソフスキーが指揮する第2白ロシア正面軍があり、ヴァイクセル軍集団麾下の第3装甲軍と対峙していた。

6)ジューコフの第1白ロシア正面軍は作戦開始直後、第9軍を相手に大変な悪戦苦闘をしている。一方、コーネフの第1ウクライナ正面軍は、第4装甲軍を順調に圧倒。ベルリンの南側外縁部には第1ウクライナ正面軍が先に取りついた。

7)第3装甲軍は上記のように第9軍の北側面に位置するために、第1ウクライナ正面軍と戦闘のしようがない。第3装甲軍は、ベルリン周辺より北部地域を制圧する任務を課せられた第2白ロシア正面軍との戦闘に徹していた(これはベルリンを目指す2つの正面軍より遅れて攻撃を開始している)。

8)結局、ジューコフはオーデル川西岸橋頭堡に面していたゼーロウ高地を大損害を出しながらも力づくで突破。コーネフの第1ウクライナ正面軍がベルリンの南外縁部に達したことで、側面が危うくなった第9軍は後退をせざるを得ず、以後、急速に戦線が崩壊していった。

とまあ、こんな感じで戦闘の経過は改定すべきと思います。 ソースはほとんど、コーネリアス・ライアン『ヒトラー最後の戦闘』です。

『詳細独ソ戦全史』デビッド・M・クランツ、ジョナサン・M・ハウスにて5)、6)はその通りで、4)、7)、8)も一部記述がありますので、指摘は概ね正しいと思います。4)については、コーネフとジューコフの作戦境界について、作戦の初期段階以後は敢えて曖昧にした(4/17にはベルリンに関して完全に境界を取り去った)旨記述あります。2)、3)については3/31頃よりアイゼンハワーとスターリンの間で東西の合流点を概ねライプツィヒ=ドレスデンを境界とする調整が図られたが、西軍の進軍が早くスターリンが疑ってベルリン攻略を急いだ、といった内容の記述になっています。 黒丸硝子 2008年1月19日 (土) 01:03 (UTC)返信[返信]

一応のメモ

2008年3月15日 (土) 09:29の版から『ベルリン陥落 1945』を元に大量の加筆を行いましたが全て私の文章によるもので原典のコピーは一切ありません。--125.192.199.156 2008年3月15日 (土) 09:32 (UTC)返信[返信]

大量削除について

DrumBeat氏が「記事と関係ない」という理由で大量削除を行いましたがどう見ても大いに関係があります。荒らし行為に該当するので御止め下さい。--紅美鈴 2008年3月19日 (水) 23:07 (UTC)返信[返信]

「記事と関係の無い一部を整理」と指摘したのでは、主に「ハルベ脱出戦」の項目や、ハンガリー・オーストリア・チェコスロバキア等における戦いの記述を指しています。後はGFDLとの整合性(『ベルリン陥落1945』ISBN 4-560-02600-9からのコピーに近い大量な記述)から考えての圧縮、画像の挿入位置の変更による体裁を変更したことによる・校正したことによる整理です。特にIPユーザー(125.192.199.156)により加筆された記述については、出典を示し、一部改変したから、抜粋だからといった理由でも、GFDL違反(Wikipedia:著作権Wikipedia:著作権侵害かもしれない記事)に問われても疑問では無い記述だと思います。--DrumBeat 2008年3月20日 (木) 03:00 (UTC)返信[返信]

  1. ハルベ脱出戦はベルリンの戦いの過程で起きた重要な戦闘です。記述を移動して英語版のハルベ脱出戦のように新規記事を作成するならわかりますが、削除する意味がわかりません。あなたの行為は全く記事に利益をもたらしませんよ。
  2. 著作権侵害であれば特定版を削除する必要があり記述を削除するだけでは全く意味がありません。というか本人が自分の文章によるものと言っているので余計な心配をする必要はありません。(ベルリン陥落1945は650項に渡る膨大な資料であるため、それを独自にまとめた文章と思われます。)
  3. 関係のない記述を削除したと言いますが、編集を見る限り撃墜数などの情報や特攻が行われたという事実や、ベルリン陥落1945以外の出典の情報なども大量に削除しており、明らかに悪意が見られます。--紅美鈴 2008年3月20日 (木) 03:30 (UTC)返信[返信]

ハルベ脱出戦は当方が知る限りでは、東部戦線のドイツ第9軍が西部戦線の第12軍に合流する過程で起きた戦いの一部であり、どうしてベルリンの戦いの過程で起きた重要な戦闘と主張されているのか判りません。もし、その主張の引合いとなる検証可能な文献があれば、提示して貰えないでしょうか。 次に「GFDL違反に問われても疑問では無い記述量」については、出典が示されていたことから、特定版削除の依頼まで必要なのか判断できませんしたので、記事に余り影響の無い部分の圧縮を取り合えず行ったまでです。又、本人が自分の文章によるものと言っているから、問題無いとするのは、Wikipedia:著作権を読めば判りますが、それは明らかに誤りです。--DrumBeat 2008年3月20日 (木) 04:16 (UTC)返信[返信]

上記にもコメントした通り、圧縮の他、画像の挿入位置の変更による体裁を変更したことによる校正等を行いましたが、「ベルリン陥落1945以外の出典の情報なども大量に削除」とは、どの部分を大量削除したとしているのでしょう。--DrumBeat 2008年3月20日 (木) 04:32 (UTC)返信[返信]

だらだらやるのもあれなので手短にやりましょう。第12軍はベルリン救援の為に編成されました。第9軍はベルリンの戦いで包囲されました。他国版でもベルリンの戦いに記述されるか「Battle of Halbe」の項があります。これの何処が無関係なのですか。--紅美鈴 2008年3月20日 (木) 10:47 (UTC)返信[返信]

「第12軍はベルリン救援の為に編成されました」とのことですが、「コーネリアス・ライアン(著)『ヒトラー最後の戦闘 [上]』木村忠雄(訳)、ISBN 4-15-050080-0」によれば、西部戦線の米英軍をエルベ河で阻止するために急遽編成されたように書かれています。又、「第9軍はベルリンの戦いで包囲されました」についても、当方でサーチした限りでは、そのような記述がされた文献を見つけることが出来ませんでした。その主張の引合いとなる検証可能な文献を提示して貰えないでしょうか。後、他国版のベルリンの戦いで、ハルペ脱出戦についての項があるから関係があると主張されているようですが、その他国版では、ベルリンの戦いの過程で起きた重要な戦闘であると主張されていることについて、検証可能な文献を提示し記述されているのでしょうか。手短にやりたいのであれば、主張されていることの引合いとなる検証可能な文献を提示してください。--DrumBeat 2008年3月20日 (木) 15:49 (UTC)返信[返信]

「ヒトラー 〜最期の12日間〜」「ベルリン陥落 1945」に載っています。西部戦線の為に編成されたとしてもベルリンの戦いにおいての最後の望みと見積もられていたのは間違いないですし、第9軍を救出、合流し戦ったのだからベルリンの戦いに記述される事に違和感はありません。新規記事を作成してもいいですがそんな量もないですしね(DrumBeat氏が書けばいいんじゃねーの?って話になると思うけど)で、あなたはそんな理由で出典付の情報を削除したいのですか?もはや意味不明です。--紅美鈴 2008年3月21日 (金) 02:20 (UTC)返信[返信]

「第12軍はベルリン救援の為に編成されました」、「第9軍はベルリンの戦いで包囲されました」とのことについて、検証可能な文献として上記2冊を提示していますが、どこに載っているのでしょう。提示の文献を見ると第12軍については、当方が提示した文献の内容(西部戦線の米英軍をエルベ河で阻止するために急遽編成されたこと)を裏付けることが書かれていますし、第9軍がベルリンの戦いで包囲されとのことについても、そのような記述は見当たりません。新規記事の作成については、何を主張しているのか判りません。--DrumBeat 2008年3月22日 (土) 05:09 (UTC)返信[返信]

  • 前半→ベルリン陥落 1945に間違いなく載っています(ワルター・ヴェンクにも書いてあります)。
  • 後半→そこまでハルベ脱出戦をベルリンの戦いに記述するのが嫌なら英語版のように別記事を作成すれば良いのではという意味です。--紅美鈴 2008年3月24日 (月) 10:29 (UTC)返信[返信]

『ベルリン陥落 1945』に間違いなく載っているとのことですが、「第12軍はベルリン救援の為に編成されました」については、繰り返しになりますが、当方が提示した文献の内容(西部戦線の米英軍をエルベ河で阻止するために急遽編成されたこと)を裏付けることが書かれています。

ヴェンクは、このとき第一二軍司令官に任命されたばかりだった。米軍に対抗してエルベの線を保持するため新設されたこの「軍」なるものは、実在ではなく紙の上の存在ではあるまいか、とヴェンクは考えていた。(アントニー・ビーヴァー、『ベルリン陥落 1945』川上洸(訳)、白水社、ISBN 4-560-02600-9 、p311.)

もし、別の頁に第12軍がベルリン救援のために編成されたと書かれているのであれば、矛盾したことが書かれていることになりますので、『ベルリン陥落 1945』は検証不可能な文献となりす。又、「第9軍はベルリンの戦いで包囲されました」とのことについても、そのような記述が見当たりません。どこに書かれているのでしょう。次にワルター・ヴェンクの記事についても、どこに主張されていること(「第12軍はベルリン救援の為に編成されました」「第9軍はベルリンの戦いで包囲されました」)について書かれているのでしょう。そもそも、この記事は内容について検証可能な文献が提示されていません。ところで、検証可能な文献として『ヒトラー 〜最期の12日間〜』も提示していましたが、こちらについては何もコメントがありませんので、主張されていることの引き合いとなる検証可能な文献では無かったのでしょうか。後、新規記事の作成については、自身で「新規記事を作成してもいいですがそんな量もない」とコメントされていながら、「別記事を作成すれば良い」というのは矛盾しています。そもそも、この記事に「ハルベ脱出戦」の項目が重要と考えているから、議論していた分けではないのでしょうか。--DrumBeat 2008年3月29日 (土) 10:35 (UTC)返信[返信]

上記から2週間経過しましたが、その後反応がありませんでしたのでrvしました。--DrumBeat 2008年4月12日 (土) 10:48 (UTC)返信[返信]

ドイツ第三帝国を守るべき国防軍が首都ベルリンを救援できなかったがベルリンの戦いと無関係とする考え方はちょと理解できません--Tabunoki 2008年4月12日 (土) 12:58 (UTC)返信[返信]

「ドイツ第三帝国を守るべき国防軍」というのは、どの部隊を指しているのでしょうか。又、主張の引合いとなる検証可能な文献を、提示して貰えないでしょうか。--DrumBeat 2008年4月13日 (日) 02:48 (UTC)返信[返信]

当時の国防軍兵士は総統に対して忠誠宣誓をしてますよ。建前はともかくとして南部の国防軍は実際にベルリン救援をめざすも包囲網を突破できず断念します(すでに戦後を考えていたのかもしれませんが)。特にヴィングの12軍が救援を命じられ、あるいは目指しという記述は広汎に見られます。逆になぜあなたが否定するのか理解しがたいです--Tabunoki 2008年4月13日 (日) 09:14 (UTC)返信[返信]

ハルペにおける第9軍の脱出行を、第12軍の行軍と間違えていませんでしょうか。もし、間違えて無いのであれば、以前にもコメントしましたが、当方が知る限りハルベ脱出戦は東部戦線のドイツ第9軍が西部戦線の第12軍に合流する過程で起きた戦いの一部であり、どうしてベルリンの戦いの過程で起きた重要な戦闘と主張されているのか判りません。もし、ハルペにおける第9軍の脱出行を第12軍の行軍と間違えて無いのであれば、その主張の引合いとなる検証可能な文献を提示して貰えないでしょうか。--DrumBeat 2008年4月13日 (日) 11:21 (UTC)返信[返信]

ですから9軍は12軍と協調行動をとっているのでしょう?他に適当な項目がないのならベルリンの戦いの項目に含んでも問題ないように思います。編集コメントにも書きましたが分割は賛成です。より適切だと思う項目を作って移動すればどうですか。--Tabunoki 2008年4月13日 (日) 20:53 (UTC)返信[返信]

「9軍は12軍と協調行動をとっている」とは、何の行動のことを指しているのでしょう?曖昧なコメントしかされない上、主張の引合いとなる検証可能な文献も提示して貰えないのでは、議論になりません。そもそも何故、記事とは別の戦いについて重要と主張されるのかが、理解出来ません。又、「編集コメントにも書きましたが分割は賛成」とは、貴方のどのコメントのことを指しているのでしょうか?履歴を見た限りでは、そのようかコメントはされてい無いように見えますし、要約欄にも何のコメントもありません。そもそも履歴を見ると、貴方は「女性の関心はこの戦争を生き延びる~の部分を削除する必要性」の項目で、本記事と関係の無いコメントを付け、別項目にある当方のコメントを除去しています[1] 。当方としては、貴方の主張も判りませんが、貴方の行為も理解出来ません。--DrumBeat 2008年4月20日 (日) 05:34 (UTC)返信[返信]

ワルター・ヴェンクによれば9軍と12軍とともにベルリン救援を命じられたがソ連軍に阻止され果たせなかったとありますがこれは間違いなのですか?繰り返しますが、そこまで削除したいならハルペ脱出戦を作れば文句は出ないでしょう。もうすこし他の執筆者と協調していただけるとありがたいです。
コメント除去は単なる事故です(消えてしまうと投稿した自分のコメントの意味も分からなくなってしまいます)謹んでお詫び申し上げます。--Tabunoki 2008年4月20日 (日) 20:27 (UTC)返信[返信]

「コーネリアス・ライアン(著)『ヒトラー最後の戦闘 [下]』木村忠雄(訳)、ISBN 4-15-050081-9」によれば、第9軍は陣地の死守を命じられており、その後、第12軍が第9軍に向かってくるので1個師団を引き抜き、包囲するソ連軍の陣地を突破し、第12軍と連絡するように命じられています。つまり、提示の内容とは異なります。又、ワルター・ヴェンクの記事については、以前にもコメントしましたが、この記事の内容について検証可能な文献が提示されていません。後、「ハルペ脱出戦」の記事については、当方では新規記事作成に見合う量の記述をすることが有りませんので、そちらで作成されては如何でしょう。--DrumBeat 2008年4月29日 (火) 03:45 (UTC)返信[返信]

一個師団を引き抜いて連携とは正にベルリン救援を目指す12軍への協調支援行動でしょう。主語を主役となった第12軍とするのかドイツ国防軍とするのかの違いにしか見えません--Tabunoki 2008年5月5日 (月) 18:40 (UTC)返信[返信]

どのような解釈をされるかは自由ですが、上記の貴方のコメントは自己意見(Wikipedia:独自研究は載せない)でしかありませんし、どうしてそのような解釈になるのか当方には理解できません。少なくとも、提示した文献には「ベルリン救援を目指す12軍への協調支援行動」であるとは書かれていません。又、繰り返しになりますが、曖昧なコメントしかされない上、主張(ベルリンの戦いの過程で起きた重要な戦闘)の引合いとなる検証可能な文献も提示して貰えないのでは、議論になりません。取り合えず、「ヒュー・レッドワルド トレヴァー=ローパー(著)『ヒトラーの作戦指令書』滝川 義人(訳)、ISBN 4-8872-1412-X 」「阿部 良男(著)『ヒトラー全記録』、ISBN 4-7601-2058-0 」で、どのような命令がされていたのか、そして「トラウデル・ユンゲ(著)『私はヒトラーの秘書だった』足立ラーベ加代/高島市子(訳)、ISBN 4-7942-1276-3 」で、ベルリン包囲化でヒトラーの側近くにいた者達へ伝えられていた事がどのようなものであったのかが書かれていますので、一度、これ等の文献を一読されては如何でしょう。--DrumBeat 2008年5月11日 (日) 05:03 (UTC)返信[返信]

上記の件で重要なコメントが漏れていましたので、追記します。「第12軍が第9軍に向かってくるので1個師団を引き抜き、包囲するソ連軍の陣地を突破し、第12軍と連絡するように命じられています」ことについては、第9軍の撤退行動であることが他の文献に明記されています。

「まず一個師団を前線から抽出し、ウェンク軍を迎える目的で、それを西進させよ」 これは、総統命令違反の危険を避けながら第9軍全体を西へと逃すための、巧妙に考えられた第一歩だった。目立たぬように段階的に師団を後退させることで、退却の既成事実を作ってしまおうというのが彼の計画だったのである。(山崎雅弘、『完全分析 独ソ戦史』学習研究社、ISBN 978-4-05-901195-8 、p344.)

尚、上記の『完全分析 独ソ戦史』には、ベルリンの戦いでの第9軍の位置と包囲脱出ルートを示した地図も添付されており、ベルリンでは無く西方へ後退していることが判ります。--DrumBeat 2008年5月13日 (火) 13:16 (UTC)返信[返信]

つまり形式上はベルリン救援にかかわりながらも、主力は西への移動を準備しており、初めから脱出を意図していたと考えられる以上実質的に無関係という主張ですね。さて私は引き取り先のない孤児記事を作りたくないという意図を持って行動しているわけです。ベルリンの戦いへ残す合意が得にくいならば独立したハルペ脱出戦を起稿しそこに移すのが現実的と思い至りました(分割措置による履歴の継承が不可欠な案件かはよくわからないのですが)。つきましては該当部分のコメントアウトを提案します--Tabunoki 2008年5月14日 (水) 08:03 (UTC)返信[返信]

「つまり形式上はベルリン救援にかかわりながらも、主力は西への移動を準備しており、初めから脱出を意図していたと考えられる以上実質的に無関係という主張ですね。」と書かれていますが、当方より提示した文献は一読されているのでしょうか?提示した文献を読まれているのであれば、「ベルリン救援にかかわりながらも」といった解釈はされないと思います。それと当方は、検証可能な文献である『ヒトラー最後の戦闘』『完全分析 独ソ戦史』etcを見る限り貴方の主張とは異なると指摘しているのと、情報源の提示(貴方の主張の引き合いとなる検証可能な文献の提示)を繰り返し求めてきたわけであり、そのことを理解して貰えなかったのは非常に残念です。又、「分割措置による履歴の継承」については趣旨がよく判りません。何度も指摘してきましたが、当方で検証可能な文献を見る限り貴方の主張とは異なることからこの記事に不適切な記述ですし、紅美鈴さんとハルベ脱出戦について議論した結果では、検証不可能な文献をソースに記述されていたことから、記事を作成するのであれば信頼出来る検証可能な文献をソースに新規記事作成をする必要があります。--DrumBeat 2008年5月17日 (土) 10:47 (UTC)返信[返信]

女性の関心はこの戦争を生き延びる~の部分を削除する必要性

2008年3月24日 (月) 06:41の版で該当部分が削除された事について。独自研究によると専門家の解釈を掲載する事は認められていますが、削除する必要性はあるのでしょうか?ベルリン陥落1945には配給以外にもナチスの男性社会が崩壊し、多くの女性が男性を哀れんでいたことの記述があります。そのことを伝える為にも必要だと思います。--紅美鈴

他の項目であなたは他人の主張に大量の要出典タグを張り、ウィキペディアは演説をする場所ではありませんと御高説されているようですが--Tabunoki 2008年4月2日 (水) 03:46 (UTC)返信[返信]

日食作戦

ソ連によるベルリン侵攻作戦を「日食作戦」と呼ぶ。という表記を児島襄の著書で読んだ記憶があるのですが、真偽はいかがでしょう?ご存知の方、加筆願います。--アスタロト 2008年5月29日 (木) 16:41 (UTC)返信[返信]

日食作戦は西側連合軍のドイツの占領計画ですね。『ヒトラー最後の戦闘』に詳しい記述があったと思いますよ。そう言えば、赤軍の作戦のコードネームを記した文献を見たことがないな……不勉強なのかもしれませんが。ソフトヒッター99 2008年12月16日 (火) 06:03 (UTC)返信[返信]

意図の不明な削除行為が度々行われている件

要約欄にはsee ノート:ベルリンの戦いとありますが上のノートで議論されているのはハルベ脱出戦についてでその他の削除とは関係ありません。正当な削除理由を示して下さい。---60.237.204.12 2008年6月3日 (火) 02:50 (UTC)返信[返信]

履歴を見るとTabunoki氏が、分割して理由のないrvしているからだね。上のノートを見ると、コピーに近い大量な記述(Wikipedia:著作権)とか、記事と関係の無い記述とか、ソースに矛盾がある(検証不可能な情報源)とか詳しく書かれてるんで読み直して見れば解ると思うけど。
と言うか紅美鈴って(sockpuppet: 井戸端などのつきまとい荒らしのソックパペット)で無期限ブロックされているんだけど、ノート:クルスクの戦いの時みたいに議論をかく乱しているのかな?--219.162.48.154 2008年6月6日 (金) 10:26 (UTC)返信[返信]

ソ連軍について

第二次大戦中のソ連の軍名に関し、ソ連軍と記述することに反対している編集者がいるようですが、確認出来た限りの文献では以下のように記載されています。

ソ連軍

  1. 『幻影』本郷健二 訳、フジ出版、昭和53年
  2. 『最終戦 1945年』本郷健二 訳、フジ出版、昭和54年
  3. 『ヒトラー最後の戦闘 上・下』コーネリアス・ライアン 著、木村忠雄 訳、1982年、ISBN 4-15-050080-0ISBN 4-15-050081-9
  4. 『ドイツ戦車軍団 下』フォン・メレンティン 著、矢嶋由哉/光藤亘 訳、朝日ソノラマ、昭和62年、ISBN 4-257-17081-6
  5. 『パンツァー・フォー』富岡吉勝 訳、大日本絵画、1988年、ISBN 4-499-20519-0
  6. 『奮戦!第6戦車師団』富岡吉勝 訳、大日本絵画、昭和63年、ISBN 4-499-20520-4
  7. 『運命の決断 第2次大戦インサイドストーリー』岩間雅久 訳、原書房、1983年、ISBN 4-562-01343-5
  8. 『電撃戦 上 グデーリアン回想録』本郷健 訳、中央出版、1999年、ISBN 4-12-002882-8
  9. 『電撃戦 下 グデーリアン回想録』本郷健 訳、中央出版、1999年、ISBN 4-12-002883-6
  10. 『失われた勝利 上・下 マンシュタイン回想録』マンシュタイン 著、本郷健 訳、中央出版、1999年、ISBN 4-12-002954-9ISBN 4-12-002955-7
  11. 『ヒトラーの作戦指令書』滝川義人、東洋書林、2000年、ISBN 4-88721-412-X
  12. 『グロースドイッチュランド師団写真史 東部戦線におけるGD機甲擲弾兵師団1942‐1944 』岡崎淳子 訳、富岡吉勝 編、1999年、ISBN 4-499-22697-X
  13. 『バラント湖の戦い』小松徳仁 訳、大日本絵画、2000年、ISBN 4-499-22719-4
  14. 『バルバロッサ作戦 上・中・下』パウル・カレル 著、本郷健二 訳、学習M文庫、2000年、ISBN 4-05-901008-X、ISBN 4-05-901009、ISBN 4-05-901010-3
  15. 『焦土作戦 上・中・下』パウル・カレル 著、本郷健二 訳、学習M文庫、2001年、ISBN 4-05-902029-4ISBN 4-05-901030-8ISBN 4-05-901031-6
  16. 『クルスクのパンター』小松徳仁 訳、大日本絵画、2003年、ISBN 4-499-22813-1
  17. 『バルバロッサのプレリュード』小松徳仁 訳、大日本絵画、2003年、ISBN 4-499-22814-X
  18. 『ハリコフ攻防戦』小松徳仁 訳、大日本絵画、2003年、ISBN 4-499-22829-8
  19. 『モスクワ防衛戦』小松徳仁 訳、大日本絵画、2004年、ISBN 4-499-22832-8
  20. 『カフカスの防衛』小松徳仁 訳、大日本絵画、2004年、ISBN 4-499-22844-1
  21. 『ドン河の戦い スターリングラードへの血路はいかにして開かれたか?』小松徳仁 訳、大日本絵画、2004年、ISBN 4-499-22855-7
  22. 『死闘ケーニヒスベルク』小松徳仁 訳、大日本絵画、2005年、ISBN 4-499-22901-4
  23. 『1945年のドイツ国防軍戦車部隊』小松徳仁 訳、大日本絵画、2005年、ISBN 4-499-22924-3
  24. 『クルスク航空戦㊤北部戦区』小松徳仁 訳、大日本絵画、2008年、ISBN 978-4-499-22960-9
  25. 『クルスク航空戦㊦南部戦区』小松徳仁 訳、大日本絵画、2008年、ISBN 978-4-499-22962-3
  26. 『東部戦線の独ソ戦車戦エース1941-1945年』小松徳仁 訳、大日本絵画、2009年、ISBN 978-4-499-22987-6
  27. その他多数...

ロシア/ロシヤ軍

  1. 『ヒットラーと国防軍』岡本雷輔 訳、原書房、1976年、ISBN 4-562-01264-1
  2. 『第二次世界大戦3・4(新装版)』W,チャーチル 著、佐藤亮一 訳、2001年、ISBN 4-309-46215-4ISBN 4-309-46216-5
  3. 『ヒトラー・コード』高木玲 訳、講談社、2006年、ISBN 4-06-213266-4
  4. 『リデル・ハート戦略論(オンデマンド版)』森沢亀鶴 訳、2008年、原書房、ISBN 978-4-562-10086-6
  5. 『第三帝国の中枢にて』八木正三 訳、バジリコ株式会社、2008年、ISBN 978-4-86238-083-8

ロシア/赤軍

  1. 『20世紀最大の謀略 赤軍大粛清』ルドルフ・シュトレビンガー 著、守屋純 訳、学習M文庫、2001年、ISBN 4-05-902041-9
  2. 『モスクワ攻防1941 戦時下の都市と住民』川上洸 訳、白水社、2008年、ISBN 978-4-560-02635-9

一般的に「ソ連軍」と記載されています。「ソ連軍」と記述することに反対し「ソビエト赤軍」という記述は見つかりませんので、「ソビエト赤軍」は根拠に乏しい主張だと考えます。--DrumBeat 2009年8月12日 (水) 01:57 (UTC)返信[返信]


赤軍の歴史についてキチンとお調べなのでしょうか?お調べになったことはすばらしいのですが、まずはこちらで反論されるよりも「赤軍」の項目で議論されてはいかがでしょうか?場違いですね。そちらで決定されたならば「ソ連軍」と書くことに同意いたしましょう。--Hideokun 2009年8月12日 (水) 02:22 (UTC)返信[返信]
文献を確認済みなのでしょうか?「赤軍」がおかしいというのでは無く、文献では一般的には「ソ連軍」と記述されています。又、ソ連軍の記述に関しは、赤軍にリンクされていましたので、問題は感じられません。--DrumBeat 2009年8月12日 (水) 02:37 (UTC)返信[返信]
なるほど、赤軍ならば同意ということですね。了解しました。今後は気をつけましょう。--Hideokun 2009年8月12日 (水) 02:39 (UTC)返信[返信]
違います。上記に文献を挙げた通り、一般的に「ソ連軍」と記述されていますので、「ソ連軍」と記述し、「赤軍」にリンクする従来の記述で問題は感じられないというのが、当方のコメントです。少なくとも「ソビエト赤軍」という記述は見つかりませんでしたが、「赤軍」に関しては、文献の確認が取れていますので。 よって、暫定的に「赤軍」にとしてありますが、一般的な記述「ソ連軍」に戻し、赤軍にリンクするのがベストだと考えます。--DrumBeat 2009年8月12日 (水) 03:22 (UTC)返信[返信]
確認ですが、それらの書籍で赤軍、ソ連軍の設立について書かれた部分はあるのでしょうか?確認できる書籍だけの確認ですが、赤軍、ソ連軍の歴史については書かれていませんでした。赤軍にリンクさせてソ連軍ということですが、通常、ソ連軍はソビエト連邦軍のことをさすことになりますし、同一の流れを持つ組織であったとしても1946年以降、赤軍から改称されたものである以上、当時、ソ連軍というのは存在しないことになります。ソビエト赤軍は話にならんということで置いておいたとしても、わざわざリンクを変えてまで使用する必要はないのではないでしょうか?文献に従えばということですが、それらは赤軍の歴史、ソビエト連邦軍の歴史について記載されたものではないと思います。個々の書籍をあたるのではなく、赤軍の歴史、ソ連軍の歴史について記載された書籍ならばすぐさま同意させていただけるのですが。--Hideokun 2009年8月12日 (水) 03:35 (UTC)返信[返信]
赤軍については、『20世紀最大の謀略 赤軍大粛清』で多少概要を書かれていますが、もともと赤軍やソ連軍の歴史について書かれたものではありません。一般に、研究家によって書かれた研究書や、独ソ戦に関わった人物(ゲデーリアン、マンシュタイン、メレンティンetc.)の回顧録、その他文献では、「赤軍」や「ソビエト赤軍」では無く「ソ連軍」と記述されている。つまり、「赤色労農民軍(赤軍)=ソ連軍」と扱われているので、歴史的経緯の名称では無く、一般的に記述されている名称にするのが文献との整合性が取れます。そして、これ等文献を参照した閲覧者に対しても混乱を招かないので、ベストな名称であるというのが、当方のコメントです。又、リンクの件は、リダイレクトを使用するのでは無く、この記事のみ適用させるリンク(例.ソ連軍)させれば、一般的な「ソ連軍」という記述にも柔軟な対処が出来ます。--DrumBeat 2009年8月12日 (水) 13:55 (UTC)返信[返信]
どちらも大きな間違いでもないという意味で難しい問題だと思います。私はこれまで英語版より翻訳で投稿してきていますが、こちらでは全て「Red Army」であり、「Soviet Armed Forces」とはされていません。そういう意味で、私が翻訳で「ベルリン包囲」の項目を投稿した場合、齟齬が発生してしまいます。ここは翻訳の揺れの部分がかなり出てきていると思います。文献ひとつを例にあげるならばベルリンの戦いに関しては秀でていると思われる「ベルリン陥落」P24に用語・訳語解説がありますが、
(引用始まり)

「「赤軍」は1918年の時点で「労農赤軍」が正式名称で1946年、「ソ連武装力」と改称された。一般的には「ソ連(ソヴィエト)軍」「ロシア軍」という通称も内外でひろくあつかわれた。本書でもこれらの名称が混在しているが、とくに必要があってつかいわけているわけではない。」

(引用終わり)
とあります(間違いなく文中はソ連軍、赤軍混在)。この注釈を文献として利用するならばどちらでもいいが、正式には「労農赤軍」ということになってしまいますし、翻訳者の意図としては文中は色々書いてあるけど「労農赤軍」が正式名称だよ、と宣言していると考えられます。ある意味、この書籍では「赤軍(ソ連軍、ロシア軍)」についての起源も書いてあり、ベルリンの戦いについては秀逸なものですので、注釈として利用すれば「赤軍」でも「ソ連軍」でもOKになるのかなと考えます。私は「赤軍」という呼称を使用したいと考えていますが、折衷案として、「ベルリン陥落」P24を脚注としてその経緯を示すというのならば「ソ連軍」でも強く反対はしないことにさせてもらいます。また、ここでの議論はベルリンの戦いのみにしておくことも合わせて提案させていただきます。--Hideokun 2009年8月12日 (水) 14:38 (UTC)返信[返信]
着目するポイントが違っているのが問題なのだと思います。「Red Army」については、enwpでそう記述されているというだけで、実際の英文献ではさまざまです。例えば、英語の戦史関連の大手出版社Shiffer Publishing, LtdのShiffer Military Historyを見ると一般に「Soviet Army」、JJ Fedorowicz Publishing Ingでは文献により「Soviet Army」「Russian Army」「Red Army」の三つが見られます。又、ここはjawpなので、日本語の情報源(参考文献)に習うべきなので、enwpの記述に則る必要は無いと思います。さらに、「ソ連軍」を「赤軍」と呼称するのであれば、「ドイツ軍」は「国防軍」、「イギリス軍」は「アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン」、「日本軍」は「皇軍」、「イタリア軍」を「イタリア王国軍/国防義勇軍」、「オーストラリア軍」を「オーストラリア帝国軍」等になり、文献に見られる一般的な呼称と離れてしまいます。
あと「赤軍」について補足すると、第二次大戦中の「赤軍」は、ソ連軍の地上軍と空軍で、海軍は含まれません。 又、赤軍参謀本部も1935年にソ連軍参謀本部に改編されており、軍人の赤軍総司令官も存在していません。よって、1918年1月28日に創設された赤軍とは異なります。--DrumBeat 2009年8月19日 (水) 15:49 (UTC)返信[返信]
私の意見としては「ソ連軍」でかまいませんが「ベルリン陥落」の注釈を入れるということで譲歩しているつもりなのですが、納得いただけていないと判断していいのでしょうか?その点でのご意見がいただけなかったのは残念です。さらに、ここまで拡大するとなると、我々二人だけで議論して決定するのもそろそろまずいかなと思います。よって、この議題については広く意見を募る必要が出てきたというのが私の最終的意見です。「赤軍」に関しては我々が主に活動を重ねている独ソ戦の分野だけでなく、日本との関連もでてきますし、日本軍関係の資料においても「ソ連軍」「ロシア軍」「赤軍」という呼称のゆれが存在すると思われます。ここで「ソ連軍」に私が同意したから、全ての「赤軍」をソ連軍に変更しようという話になりかねませんし、その責任を我々二人だけが負うにしてもあまりにも大きな問題になると考えられます。また、問題提起していただいている、「ドイツ軍→国防軍」、「イギリス軍→アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン」「日本軍→皇軍」、「イタリア軍→イタリア王国軍/国防義勇軍」「オーストラリア軍→オーストラリア帝国軍(もしかしたらオーストリア軍→オーストリア帝国軍、もしくはオーストリア=ハンガリー帝国軍のことかなと思いました)」も正式名称に合わせるべきか、通称を使用するべきかも提案してみるべきでしょう。
まとめますと、ここでの名称変更はあまりにも大きな問題となるため、Wikipedia:ウィキプロジェクト 軍事に提案、広く意見を募るべきかと思います。特に今回の名称変更についてはDrumBeatさんが提案されたことから、DrumBeatさんからWikipedia:ウィキプロジェクト 軍事に提案していただき、そこで成立した意見に従うという方針を採らせていただきたいと思います。以上、よろしくお願いします。--Hideokun 2009年8月19日 (水) 16:24 (UTC)返信[返信]


多忙なため間が空きましたが、注釈を入れるのに納得していないとか、正式名称に併せるべきとかコメントしたのではありません。 又、根本的なところが食い違っていると思います。 まず根本的なところですが、jawpでは、一般的に「ソ連軍」の呼称が従来より使用されており、この呼称の編集(「ソ連軍」から「ソビエト赤軍」、あるいは「赤軍」への編集)を望んでいる随筆者は、当方ではないということです。上記コメントを見ると、当方が従来の記述に対し編集を望んでいたかのようなコメントをしていませんか。
当方は上記点を根本的なポイントにし、
  • 1.上記に参考文献を幾つか挙げた通り、一般的には「ソ連軍」の呼称が使用されており、「ソビエト赤軍」ないし「赤軍」の呼称は見られないか、小数しか見ることがないということ。
  • 2.enwpので記述の見られる「Red Army」については、ここはjawpなので日本語の情報源(参考文献)に習うべきなので、enwpの記述に則る必要もないというこう。
の2点を、先の、「ソビエト赤軍」という編集と「赤軍」の呼称に対し、コメントしています。
仮に「ソ連軍」を「赤軍」と呼称するのであれば、「ドイツ軍」は「国防軍」の呼称を使用すべきということになりかねず、同様に理屈で「イギリス軍」は「アームド・フォーシーズ・オブ・ザ・クラウン」...と、文献で見られる一般的な呼称ではなくなるという指摘です。(正確に対比させるのであれば、「ドイツ軍」は「陸軍」、「イギリス軍」は「イギリス陸軍」...となってしまいますが) よって、当方は呼称変更など提案しているのではありません。 逆に、従来から記述されていた「ソ連軍」呼称に対し変更を望むのであれば、Hideokun さんがWikipedia:ウィキプロジェクト 軍事に提案すべきでは? あと先の当方の「赤軍」に関する補足は、ビーヴァーの『ベルリン陥落』p.24、用語・訳語解説を注釈に入れることを提案していますが、第二次大戦中の「赤軍」は地上軍(空軍を含む)を指し、1918年1月28日に創設された赤軍とは異なるので、用語・訳語解説のニュアンスが少々変であることを指摘しただけです。
最後に「オーストラリア軍」について補足しておきます。オーストラリアの第二次世界大戦派遣部隊は、「the Australian Imperial Forces(オーストラリア帝国軍)」と呼ばれ、一般にはAIF略称されます。 似た例では、カナダの第二次世界大戦派遣機甲部隊が、「the Royal Canadian Armoured Corps (王立カナダ機甲軍団)」略称RCACがあります。--DrumBeat 2009年9月22日 (火) 12:09 (UTC)返信[返信]
(インテント戻す)忙しいというのはいいことで、うらやましい限りです。お答えいただいたことに感謝いたします。ただ、残念ながら、日本語独自の表記でOkというのはWP:POVに触れる可能性があります。また、

「赤軍」は1918年の時点で「労農赤軍」が正式名称で1946年、「ソ連武装力」と改称された。一般的には「ソ連(ソヴィエト)軍」「ロシア軍」という通称も内外でひろくあつかわれた。本書でもこれらの名称が混在しているが、とくに必要があってつかいわけているわけではない。」

という出典がある以上、同意できません。こちらからの質問はただ一点、当時のソビエト連邦の陸上武力戦力は『赤軍』か?『ソ連軍』か?単純にお答えいただければと思います。これは私が提示した出典が存在するかぎり、文献をいくら提示しても意味がありません。他の名称については私はする必要はないと思っていますので、お互いに出す気がないということでここで流します。また、『ドイツ軍』を『ドイツ国防軍』にするという意見でしたら、即座に同意いたしますが。--Hideokun 2009年9月22日 (火) 13:01 (UTC)返信[返信]

ある程度常識的に判断できやしないですか?一般的な記述なら、ソ連、ソビエトの軍ということで、「ソ連軍」、「ソビエト軍」で構わないでしょう(「ドイツ軍」を一々「ドイツ国防軍」に直す人間はいないでしょう)。書き分けは、当のロシア人にとってもかなり鬱陶しいことのようです。例えば、"Известия ЦК КПСС, 7 (306) июнь 1990"では、ジューコフは、"С 1918 г. в Советской Армии."(1918年からソビエト軍)と表記されています。

細かいことを言い出せば、「ソビエト軍」(1950年~1955年。Советскя Армия=ソビエト陸軍。海軍との2軍種制の時代)と「ソ連軍、ソビエト連邦軍」(1955年~1991年。Вооруженные Силы СССР。空軍などが独立した時代)は違うものです。

公式な組織、機関、役職について言及するときは、公式名称は必須でしょうが、一般的な戦史の記述ではどちらでも構わないでしょう。ただし、「ソビエト赤軍」は完全な造語だと思います。--元諜報員 2009年9月26日 (土) 02:55 (UTC)返信[返信]

俺の意を文言に乗せてよいのは俺だけだろ?本件において、IPユーザを無視します。緊急性のある問題でもない。--元諜報員 2009年10月24日 (土) 05:24 (UTC)返信[返信]

あいかわらず多忙なのでコメントが遅れましたが、Hideokunさん、さすがにおかしいと思います。 基本方針やガイドライン、先般提示した文献や、自身で提示した洋書の文献等、再確認していますか? 

まず、日本語独自の表記で無く、日本語の情報源(参考文献)に習うべきなのです。 WP:Vにも明記されていますが、常に日本語による情報源を日本語以外の情報源より優先して使用するべきなのです。 その上でさらに、専門外の人も考慮した記述となれば、おのずと日本語の文献で一般的に使用されている呼称になります。 つまり、基本方針やガイドラインの則り、jawpでは一般的に「ソ連軍」の呼称が従来より使用されているのです。 逆に、「赤軍」という呼称は、国共内戦時に組織された中国労農赤軍(略称:赤軍)や過激派(赤軍・赤軍派)、テロ組織(連合赤軍・日本赤軍・ドイツ赤軍)などでも使用されているので、こちらがWP:POVに触れる可能性があるというのであれば理解出来ますが。 

それと以前にもコメントしたつもりなのですが、洋書でも「ソ連軍」に当る呼称の記述を確認出来ます。 例えば、Hideokunさん自身がベルリン市街戦の記事で参考文献として提示した『Bloody Streets THE SOVIET ASSAULT ON BERLIN, APRIL 1945 ,Helion and Company ,2008, ISBN 978-1906033125』のp.78には、「赤軍」即ち「Read Army」の呼称では無く、別の呼称で記述されています。 手持ちの文献を確認すれば解るので、事細かくコメントはしませんが、該当頁を確認して見てください。 この他にも、ソ連の公刊戦史 第二次世界大戦史(История Великой Отечествнной Войны Советского Союза)に国軍として記述されています。 この文献は、ソ連共産党中央委員会付属マルクス・レーニン主義研究所が編集発行した最もポピュラーな基礎文献で、確認も容易です。 さらに、ソ連の憲法第132条にも一般兵役義務としてソ連軍に勤務するとされているはずですが? 何に同意できないのか今一つ解らないのですが、WP:Vに明記されている信頼性の確認をすれば、出典にならないので意味がありません。 基本方針やガイドラインの規定と合致していませんし、先般提示した文献(公刊戦史を含む)やHideokunさん自身が提示した洋書の文献他を確認すれば明らかです。 

最後に、ヴェーアハマト Wehrmachtは、『ドイツ国防軍』では無く『国防軍』で完全な造語ですし、こちらは恐らくWP:POVに触れます。 専門の文献や研究書を見なくとも、辞書などで容易に確認できますので、確認してみてください。--DrumBeat 2009年10月18日 (日) 13:27 (UTC)返信[返信]

  • ご多忙な中、いろいろとお調べいただいたようでお疲れ様です。その熱心さには頭が下がるばかりです。最近は出典付けやギリシャ方面で作業しているので、あまり独ソ戦に関心がない状態ですが、ここまでの議論を重ねることには意義があると思うので返答させていただきます。。んーどうもお互いにピントがずれているのが正直なところだと思います。目指すところがちがうんでしょうね。とりあえず、独ソ戦の基本的な戦いについては私の方で作成し、テンプレート上も『赤リンク』はなくなりました。細かい戦いについても今後はどなたかが作られるか、私も気が向けば作業するかもしれませんが、当面作業する予定もなく、また、気もなく、今後はメンテナンス重視ということになるのでしょう。閑話失礼、さて、本題ですが、私の手元に『ソヴィエト赤軍興亡史(I)』、『ソヴィエト赤軍興亡史(II)』というものがございます。私が『ソビエト赤軍』と使用しているのは、この文献の題名に使用されていること、『日本赤軍』『ドイツ赤軍』というものが存在することから『ソビエト赤軍(これはWkipedia上でソヴィエト連邦ではなく、ソビエト連邦としていることからソビエトとしています。)』もあながち問題外ではありませんし、内容を確認していただければ、当時が『赤軍』という呼称であったことがご理解いただけると思います。ましてやソ連での軍粛清を『赤軍大粛清』とは呼びますが『ソ連軍大粛清』とは呼びませんし、安易にソ連軍とするならば、この分野に無関心な方に混乱を起こす可能性があります。ましてや日本語文献に従うというならば上記資料だけで十分、『赤軍』であることがご理解いただけると思います。『国防軍』についてですが、世界に『国防軍』と呼称する組織は多く存在します。そのため『国防軍』だけならば『フィンランド国防軍』などと混合することもできるわけで、そんなことを指摘する意味は私にはよくわかりませんし、議論が拡大するだけで例題としては不適切でしょう。いろいろ文献をだされてますが、いずれも『ベルリン陥落』の注釈を超えているとは思いませんし、『ソヴィエト赤軍興亡史』を超えているとも思いません。まず、話をいたずらに拡大するのではなく、『赤軍』の呼称だけに的を絞っていただければと思います。なお、当分はギリシャ方面に力を注ぐ予定になっておりますので、お返事が遅れることもあるかもしれません、そのときはご容赦ください。--Hideokun 2009年10月18日 (日) 13:54 (UTC)返信[返信]
  コメント 議論を遅延させることは議論の拒否とみなされても仕方のない部分もありますので、日常生活において多忙ならともかく、他項目の執筆を理由に回答を遅らせるようなことは避けた方がよいかと思います。 なお本件と似たような議論としてはWikipedia:井戸端/subj/「函数/関数」など複数の表記がある語の扱いなどを参照してください。--Kurz 2009年10月19日 (月) 03:18 (UTC)返信[返信]
えーとおっしゃる意味がよくわかりませんが、このページの履歴を見た上で私宛にお書きになられてますか?これまでも私はできうる限りすばやくお答えするようにしていますが。申し訳ありませんが、よくこのページの履歴を確認したうえで、私が遅延行為を働こうとしているまたは回答を遅らせようとしているという理由をもう一度お話いただければと思います。少なくとも、私がDrumBeatさんに言いたいぐらいなのですが。--Hideokun 2009年10月19日 (月) 11:02 (UTC)返信[返信]
当方、「当分はギリシャ方面に力を注ぐ予定になっておりますので、お返事が遅れることもあるかもしれません」の部分を読んだだけなものですから。事情を知らず差し出がましいことをしましてすいません。--Kurz 2009年10月19日 (月) 14:36 (UTC)返信[返信]
元諜報員氏が指摘しているように、常識的に判断できやしないですか?一般的な記述が「ソ連軍」、「ソビエト軍」であるのなら、今まで、ウィキペディア日本語版で一般に使われていた「ソ連軍」で構わないでしょう(「ドイツ軍」を「ドイツ国防軍」に直すというのも、SSって国防軍じゃないんで常識的に判断すれば「ドイツ軍」でしょうね)。それに『ベルリン陥落』と『ソヴィエト赤軍興亡史』じゃ、片方が「ソ連軍」で、もう片方が「ソヴィエト赤軍」になるんだから矛盾するでしょう。そもそも「ソヴィエト赤軍」じゃなく「ソビエト赤軍」としたのが、Wkipedia上じゃソビエトとなってるから、それに習ったというのなら、一般的な記述が「ソ連軍」なんだから理屈に合わない。それと元諜報員氏からは”、「ソビエト赤軍」は完全な造語だと思います”と指摘されたいるのだから、ある意味珍奇な主張になるのでは?DrumBeat氏は公刊戦史とか、かなり強固な情報源を出してるけど、これを否定できるような情報源ってあるのかな?ところで、公刊戦史は割り合い簡単に確認できるようなことをDrumBeat氏は書いてるけど、結構大変なのでは?--219.162.48.154 2009年10月20日 (火) 04:01 (UTC)返信[返信]
すみません、ソ連の公刊戦史 第二次世界大戦史の件、図書館に行ったら簡単に確認できましたので、上の「ところで、公刊戦史は割り合い簡単に確認できるようなことをDrumBeat氏は書いてるけど、結構大変なのでは?」訂正します。しかも前に読んだことがある本だった。で、全部読んだわけじゃないけど第1巻をざっと読んだかぎりじゃ、記述の揺れはあるけど「ソ連邦国軍」「ソビエト国軍」って書かれていた。--219.162.48.154 2009年10月20日 (火) 09:07 (UTC)返信[返信]
失礼しますね。219.162.48.154さんに以前から疑問に感じてたことをお聞きします。貴殿は[2][3][4][5]など、とくにベルリン攻防戦の編集はDrumBeatさんが編集された時期とほぼ一致するように、いつもDrumBeatさんの意向に沿った編集、発言をされているようですが、なんかいつも都合のいいタイミングですね。そこら辺をお詳しく教えていただければと思います。--Hideokun 2009年10月20日 (火) 12:46 (UTC)返信[返信]
ん?同一人物かと聞いているのなら、違うけど。それに他の人の発言と同じで、常識的な範囲のことしか書いていないつもりだけど?基本的にサブカルチャー本レベルの知識しかないんで一般的なことしか書けないし、それがDrumBeat氏の意向に沿った都合のいいことだと言うなら、そっちが一般的なことじゃないかと思いますがね。で、元諜報員氏も指摘しているように、常識的に判断できやしないですか?-- 219.162.48.154 2009年10月21日 (水) 03:44 (UTC)返信[返信]
貴方の常識がどうかは知りませんが、疑いが晴れない限りは常識以前の問題ですね。『История Великой Отечествнной Войны Советского Союза』はそう簡単に見れる本ではありません。さも近所の図書館で見たようなことを書いていますが、この本は大学の研究所にしか置いてない本です。この本をタイミングよくいい具合に閲覧したこと、常にDrumBeatさんの意向に沿った編集、発言をされること、タイミングが良過ぎることなどどうもソクパペの疑いをかけざるをえません。彼はIPに対して攻撃的ですし、ましてやベルリンの戦いにはこだわりをもたれているようです。それを貴方は大量に削除してもリバートされてないのに対して、私の作業はリバートされています。そういえば貴方も私の作業をリバート[6]されていますね?出典をつけているにも関わらず、また、重複していないにも関わらず、『重複や過剰な追加は止めて、シンプルに行きましょう』という理由で。しかも、その後DrumBeatさんがいろいろ付け足したのはリバートせずにいます。どう見ても219.162.48.154さんがDrumBeatさんのソクパペと思われても仕方がないと思います。まずはアカウントをとって発言していただき、さらに別の手段でDrumBeatさんとは別人であることの証明をいただきたいと思います。そうすれば私も土俵に着いて、貴方と議論することができるでしょう。--Hideokun 2009年10月21日 (水) 04:44 (UTC)返信[返信]
なんか元諜報員氏の指摘はもとより、他人の言うことは聞く耳を全く持たないようなんで、あとはDrumBeat氏や他の人とやりあってくださいね。それと、ソ連の公刊戦史 第二次世界大戦史は大学の研究所にしか置いてないとか言ってるけど、大学図書館にも公立図書館にもあるんで、いい加減な調べ方しないでちゃんと調べるべきですね。こっちでは、市立と県立の両方にあるんですが。--219.162.48.154 2009年10月21日 (水) 09:33 (UTC)返信[返信]
長文のコメントを書く暇が中々無いのですが、Hideokunさん、基本方針やガイドラインを熟読していないのでしょうか? 先と同様おかしなコメントをしていますが、ピントがずれているとかでは無く、明らかにそれ以前の問題です。 基本方針やガイドライン、先般より当方が提示した文献や、貴方自身が提示した洋書と貴方のコメントが合致していません。 又、Hideokunさんの手元にあるとしている文献についても辻褄が合っていません。 その上さらに、Hideokunさんの主張や根拠が度々変わっているため、いたずらに大きく話のずれた、おかしなコメントになっています。
まず、手元に『ソヴィエト赤軍興亡史』があるとのことですが、本当に手元にあるのでしょうか? もし、あるのであれば、この文献を本当に確認しているのでしょうか? この文献、様々な呼称が使用されていますが、その中には「ソ連軍」の呼称も見られます。 しかし、「ソビエト赤軍」という呼称については、どこにも記載されていません。 又、Wkipedia上でソヴィエト連邦ではなく、ソビエト連邦としているから、「ソヴィエト赤軍」を「ソビエト赤軍」としたいうのであれば、明らかにHideokunさんが捏造した呼称となりWP:NORの基本方針に反するので、全く意味がありません。
次の根本的な問題なのですが、Hideokunさんは主張や根拠を度々変えているので、信頼性がありません。
  • 当初は、jawpで従来より一般的に使用されてる「ソ連軍」の呼称に対し「ソビエト赤軍」へ改変すること他の改変理由として、後の方針があるので触らないで欲しい[7]と要約欄にコメントしているのですが、そもそも存在しない方針では理由になりません。
  • 次に当方からWP:Vに則り文献を多数提示すると、「赤軍」ならば同意する[8]とコメントしています。 その理由としてHideokunさんはenwpで「Red Army」と記述されていることを挙げていましす。 しかし、enwpで「Red Army」の呼称が使用されているというだけで、実際の英文献ではさまざまな呼称が使用されており、この点については、Hideokunさん自身が提示している洋書でも確認出来きます。 そしてjawpでは、常に日本語による情報源を日本語以外の情報源より優先して使用するべきなので、これも理由になりません。 
  • そして次には、ビーヴァーの 『ベルリン陥落』p.24、用語・訳語解説を注釈に入れることで、「ソ連軍」でかまわないとしています。 しかし、第二次大戦中の「赤軍」は地上軍(空軍を含む)を指し、1918年1月28日に創設された赤軍と異なることは、ソ連の公刊戦史 第二次世界大戦史(История Великой Отечествнной Войны Советского Союза)で確認可能なので、『ベルリン陥落』の用語・訳語解説についてはWP:RSの問題があります。 
  • すると、日本語の情報源(参考文献)に習うべきなのはWP:POVに触れる可能性があると、新たな理由を付けています。 しかし、WP:Vにも明記されていますが、常に日本語による情報源を日本語以外の情報源より優先して使用するべきで、専門外の人も考慮した記述となれば、おのずと日本語の文献で一般的に使用されている呼称になります。 つまり、基本方針やガイドラインの則り、jawpでは一般的に「ソ連軍」の呼称が従来より使用されているのです。 その上、洋書でも、「ソ連軍」に当る呼称の記述は確認出きます。 例えば、Hideokunさん自身がベルリン市街戦の記事で参考文献として提示した『Bloody Streets THE SOVIET ASSAULT ON BERLIN, APRIL 1945 ,Helion and Company ,2008, ISBN 978-1906033125』のp.78に、「ソ連軍」に当る呼称の記述が確認できまるので、おかしな理由です。 英文の参考文献を幾つも挙げていますが、本当に出典の確認をしているのでしょうか?
  • そして今度は、貴方が「ソビエト赤軍」としている理由に、『ソヴィエト赤軍興亡史(I)』、『ソヴィエト赤軍興亡史(II)』を出典に挙げていますが、先にコメントした通り、基本方針やガイドラインに反しているので、意味がありません。 そもそも、公刊戦史を初め、多くの文献で一般的に使用されている呼称「ソ連軍」は、文献との整合性が取れているので、これ等文献を参照した閲覧者に対しWP:MAURに則った混乱の防止になっているのは明らかです。 正直、これだけ明らかなことに対し、自身の主張や観点に何時までも固執し、論争を続けても全く意味がありません。 又、公刊戦史 第二次世界大戦史(История Великой Отечествнной Войны Советского Союза)については大学の研究所にしか置いてない本と断言していますが、公共図書館で容易に確認できるのですから、余りに出鱈目なコメントです。
最後になりますが、何やら当方がIPでコメントしているような事を書いていますが、又、議論の攪乱をされても困ります。 IPユーザー(219.162.48.154)の時間帯(さすがに学生や自営業では無いので、平日の昼から夕方にコメント出来ません)や接続先(都道府県)、その他いろいろと異なっているので無理があります。 又、IPに対して攻撃的とか断言していますが、イー・モバイルでアクセスし継続した会話が不可能で説明責任の欠けていたり、タイミング良くHideokunさんの意向に沿った編集[9]、発言[10]をしたりするIPユーザーにしか説諭していません。 例えば、山口県からOCNでネットワーク接続しいている可変IPユーザー(114.155.210.194)です。 この可変IPユーザー(IP:114.155.210.194会話 / 投稿記録 / 記録 / Whois)、この記事[11]を投稿したIP(IP:123.226.64.217会話 / 投稿記録 / 記録 / Whois)ユーザーと、プロバイダー、都道府県、地域、接続回線、ネットワークサービスが、調べると全て一致し、この他にも同様のIPユーザー郡(例えばIP:123.226.66.123会話 / 投稿記録 / 記録 / Whois、 IP:123.226.64.217会話 / 投稿記録 / 記録 / Whois、 IP:114.152.206.103会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisetc.)が多数存在します。 そしてこの記事は、HideokunさんがIPで投稿[12]している上、[13][14]のコメント後、タイミング良く直ぐに[15]でコメントしているのですから、同一ユーザーであることは疑いようがありません。 なので、山口県からOCNでネットワーク接続する場合、ログインできない理由があるのかと説明を求めたのです。 この点は当事者が一番認識しているハズですが? それても、WP:RCUでハッキリさせた方が良いでしょうか? 又、この記事の履歴を見る限り、拘りを持っているのはHideokunさん貴方ではないですか。


219.162.48.154さん、多忙なのでコメントが遅れましたが、けしかけるようなコメントをされても困ります。
--DrumBeat 2009年11月30日 (月) 17:50 (UTC)--誤記訂正DrumBeat 2009年12月6日 (日) 14:40 (UTC)返信[返信]
色々と多忙なようですが、お返事をいただけたことにより安心しました。さて、本題と行きたいところですが、その前に忌憚無い事を述べたいと思いますので、忌憚無い意見をいただければと思います。
我々はお互いにWikipediaの信頼性の向上に向かって進んでいると思います。それはDrumbeat氏が要出典を使用した上でその部分の信頼性向上を図っている事から明らかでしょう。また、私も私なりに日本語文献を使用した上での作業を行なうと宣言していることからその思いは共通なのではないかと思います。それを踏まえた上で、ここでのこの議論はWikipediaの信頼性向上に役立つのかという疑問が生まれてきました。つまり、これまで半年近く議論を進めてきましたが、お互いに論点がずれているの応酬でしかなく、このまま永遠に平行線を続けるのは不毛な作業だということです。我々は「労農赤軍」「赤軍」「赤衛隊」「ソ連軍」「ソビエト軍」「ロシア軍」と色々と呼ぶ事のできる軍事勢力について当該項目である「赤軍」の改名提案を行なうわけでもないのに議論しているにすぎません。ということは、結局はお互いのプライドをぶつけているに過ぎないということなのではないでしょうか?すでにお互い、個人攻撃の領域に達しており、私は独ソ戦についてはあまり関心のない状況に陥りました。もちろんこれは貴殿が悪いわけではなく、私の作業方法にも問題があったことからこのような気持ちになっていると思います。貴殿はここで各種資料を出されたように資料は豊富にお持ちのようです。その資料を駆使すれば独ソ戦の信頼性がかなり向上することになると思います、これまでの私の立項作業は種を蒔いたに過ぎません。軍事的にいえば「砲兵が耕し歩兵が刈り取る」の砲兵に過ぎません。砲兵がいくら火力を用いてもその地域を制圧する歩兵が居なければその戦いは勝利した事にはなりません。つまり、この歩兵的な役割を貴殿が果たせると思うのです。その圧倒的な戦力(資料)でこの地域(独ソ戦)を占領(信頼性の向上)をお願いしたいと思うのです。ここでの議論の時間をお互いにWikipediaの信頼性向上に使いたいというのが私の忌憚無い意見です。ということで本題ですが赤軍の項目に「ソ連軍」「ソビエト軍」「ロシア軍」等呼ばれることが普通に存在するということを資料を用いて記述すること、また、貴殿が所有する資料を用いて少しでも独ソ戦の項目の信頼性を向上させることの両者について同意いただければ、私は拒否はしないとお答えすることにいたします。
また、山口県のIPについてですが、そのIPと私との作業で項目の信頼性が向上したと私は考えています。もし問題がありましたら、議論かく乱としてブロック依頼やコメント依頼等をしていただいてかまいません。Wikipediaの信頼性向上のためならばいくらでもお受けし、コミュニティの判断に喜んでしたがいましょう。
以上を持ちまして私の意見とさせていただきます。ベルリンの戦いに関係ないことをつらつらと書き記しましたが、ご甘受いただければと思います。--Hideokun 2009年12月6日 (日) 19:28 (UTC)返信[返信]
  コメント あの、脇からすみません、「ソビエト赤軍」というのは、「日本赤軍」とか「ドイツ赤軍」のような意味で、つまりそういう組織名だとして書いていたのですか?そうだとしたら確かにそれは誤りです。そんな組織は存在しません。ですが、ほかのページを読んでいた限りでは、私はてっきり「ソビエト(連邦の)赤軍」という意味だとばかり思っていました。「ソビエト軍人」とか「ソビエト戦車」、「ソビエト艦船」のようなものです。無論、「ソビエト軍人」なる軍隊階級が存在するわけではありません。「ソビエト(連邦の)赤軍」という意味で「ソビエト赤軍」と書くのが独自研究に当たるのであれば、ほかにもいろいろ「独自研究」が出てきそうですね。
私だったら「ソビエト赤軍」とは書かずに「ソ連赤軍」、「ソ連軍人」等と書きますが、とはいえ「ソビエト赤軍」なる文章表現(これは名称ではなく文章表現でしょう?)が独自研究だとして寄ってたかって非難の対象になる(これだけ長い議論となる)とは、どうにも信じ難い話です。何かデリケートな事情でもあるのでしょうか?--PRUSAKiN 2009年12月13日 (日) 06:23 (UTC)返信[返信]
PRUSAKiNさん、こんばんは。様々なところでお世話になって恐縮の限りです。私個人としてはソビエト赤軍という組織が存在するという意味ではなく、「赤軍」だけであるならば日本赤軍ドイツ赤軍という組織が存在することから識別できるようにという意味でソビエトという項目をつけています。よって「ソビエト」の「赤軍」の意味なのですが、日本文献では「ソ連軍」「ソビエト軍」とする呼称が当たり前に存在しているのでその名称を使うべきであるとDrumBeat氏はされてるのだと思います。私個人としてはすでに個人攻撃的な議論になっていること、この分野からの撤退を含めて検討していることなどがあるのでこれ以上の意見は差し控えます。--Hideokun 2009年12月15日 (火) 16:40 (UTC)返信[返信]
「ソビエト赤軍」については私もそのように解釈していたのですが、個人攻撃の材料にされているを見てたいへん驚きました。ただ、もしかしたら『[[ソビエト連邦|ソビエト]][[赤軍]]』ではなく『[[赤軍|ソビエト赤軍]]』となっているのは誤解の元かもしれません(尤も、普通、ここで議論しているような赤軍を知っている人なら誤解しないと思いますけど?)。
個人攻撃がなぜ発生したのか、攻撃なさっている方は個人的にどう「害」を受けたため「反撃」したのか、当方では把握できておりませんが(個人攻撃はよくありませんが、ただもし理にかなった原因があるならばお互い改善も考えるべきです)、いずれにせよこのような瑣末な問題で執筆者の意欲が著しくそがれるのはウィキペディアにとって大損害であると思います。できれば、一時休業は心情的にやむをえないとしても、撤退は思い直していただけたら……。
「ソ連軍」「ソビエト軍」については、”「日本軍」とする呼称が当たり前に存在しているので長ったらしい「大日本帝国軍」ではなく簡略な「日本軍」を使うべきである”という主張(があればそれ)に似ていると思いますが、まあその主張には一理あると思いますが、極論、どっちでもいいかと。この問題については、どう執着を持ったらよいのか理解できません……。読んで誤解なく理解できれば、どっちでもいいと思いますよ。
ところで、私は二次大戦はあまり興味がないので用例を把握しておりませんし調査もしておりませんが、二次大戦以前については分野に関わらず日本語文献で「赤軍」という用語が使われるのは別に珍しいことではありませんよね。まあ、特に1923年まではソ連が存在しなかったので当たり前ですが。あたかも「赤軍」という表記を使うこと自体が、日本語の慣習を無視した独自研究気味の態度であるかのごとき論調には大きな違和感を覚えました。--PRUSAKiN 2009年12月16日 (水) 13:21 (UTC)返信[返信]
ありがとうございます。取り合えず、お相手が意見を言われるまでは沈黙を保とうと思います。その無礼はお許しいただければと思います。--Hideokun 2009年12月17日 (木) 11:47 (UTC)返信[返信]
Hideokunさん、コメントが遅れましたが、忌憚無い意見を望んでいるとのことですので、そのようにコメントします。 本当に自身で提示している洋書や手元にあるとコメントしている日本語の文献を読んでいるのでしょうか? 既に何回も指摘しいます通り、貴方のコメントと文献の内容が合っていません。 その点、具体例を記述し問い合わせたにもかかわらず、回答が得られないのは何故でしょう。 そして前述の通り、そもそもjawpでは、一般的に「ソ連軍」の呼称が従来より使用されており、この呼称の編集(「ソ連軍」から「ソビエト赤軍」、あるいは「赤軍」への編集)を望んでいる随筆者は、当方ではありません。 従来の記述に対し編集を望んでいるのは貴方です。 しがたって、出典を示す義務を負うのは編集側である貴方にあります。 そもそも文献に記述されている「ソ連軍」が「ソビエト赤軍」、あるいは「赤軍」であると何故言い切れるのでしょう? 既に前述してありますが、第二次大戦中の「赤軍」は地上軍(陸軍)を指します。 これについては、貴方の手元にあるという『ソヴィエト赤軍興亡史』でも確認出来ます。 ただ、幾ら当方が検証可能な文献を提示しても、一向に確認はおろか、文献の内容を認める気が無いことはこれまでの経過で判りましたので、WP:Vの方針2.に則り、rvします。 尚、赤軍の項目には、ソ連軍の地上部隊(陸軍)である旨、追記しておきます。 最後にIPについての貴方のコメントは、意味が判りません。 疑いが晴れない限り、信頼性の向上以前の話です。 例えばWP:RCUを利用し、別人であることの証明をするなど検討して下さい。
ПРУСАКИНさん、多忙なのでコメントが遅れましたがWP:Vに則った文献を幾つも提示し、具体例も前述してありますので、精読して下さい。 あと「ソビエト軍人」とか「ソビエト戦車」、「ソビエト艦船」のようなものとコメントしていますが、こちらは検証可能な語なので、問題は無いと考えます。 例えば、「ソビエト軍人」という語は、ソ連の公刊戦史 第二次世界大戦史(История Великой Отечествнной Войны Советского Союза)で確認出来ます。 又、「ソビエト軍」「ソ連軍」については、同文献が一番、確認が容易で信頼性も高いと思いますので、第1巻のpp.156-168を精読下さい。(この他にも、時事通信社から出版されているハリエット・F・スコット,ウィリアム・F・スコット『ソ連軍 思想・機構・実力』乾一宇 訳、ISBN 4-7887-8605-2も信頼性が高いと思いますので、挙げておきます。)--DrumBeat 2010年2月7日 (日) 14:49 (UTC)返信[返信]
どうも勘違いされているようですね。新記事賞や強化記事への投票などしている暇があるならば独ソ戦の信頼性向上に貢献してください。なお、私が見る限り、当該IPが議論かく乱を行なっているようには見えません。そんなIPを探す暇があればもっと早くお返事いただけたと思います。ついでに証明と言われますが、貴殿もIPについては疑いがあることをお忘れのようですね。私に証明の義務を負わせるならば貴殿も証明すべきでしょう。あと、「ベルリン陥落」には赤軍という旨が記載されています。これを否定する材料は特にないようですね。確かにソ連軍、ソビエト軍などと言う呼称が普通に行なわれていたことはよくわかりました。しかし、「ベルリン陥落」にはハッキリと書かれている事を無視されて他の資料ばかり上げられても困ります。いつまでもグダグダ議論を行いさらに返事に2ヶ月かかるようでは議論する方も大変です。貴方は結局、自らのプライドのためにここで議論を行なっているに過ぎず、Wikipediaの発展は念頭にないようです。自らのプライドを満足させたいならば私の投稿を上回る新規投稿を行なって、私の記事を越えてからにしてください。--Hideokun 2010年2月7日 (日) 16:59 (UTC)返信[返信]
(追記)貴方が出典として本記事で用いている『ベルリン陥落1945』の記述について何も触れようとしない点はどうしてなのでしょうか?当文献には赤軍であるとハッキリとかかれており、貴殿も本文において出典として用いています。しかし、当書籍にはすでに装甲兵大将になっているはずのハッソ・フォン・マントイフェル中将と記述するなど細かい間違いもあり、もし赤軍が間違いであるならば当書籍は出典として不適格であるということになりますので、当該文献を用いた箇所は検証不能となります。様々な書籍を上げるのは結構です。しかし、貴殿が出典として用いた当該書籍についての見解を示していただきたいと思います。--Hideokun 2010年2月7日 (日) 18:16 (UTC)返信[返信]
理解されていないようですが、日常において多忙ならともかく他の項目を執筆している暇がありながら何故、既に明確に提示されている文献や、自身で提示した洋書及び手元にあるとコメントしている日本語の文献の確認を拒否するのでしょう? 従来の記述に対し編集を望んでいる編集者が、一環した出典を示せず主張や根拠を度々変えているのも何故なのでしょう? 既に前述されている通り、具体例も示されているのですから、自身の主張や観点に何時までも固執し、論争を続けても全く意味がありません。 
又、何をそれ程該当IPについて気にしているのでしょう? そもそも全く別のノートで、山口県からOCNでネットワーク接続しいている該当IPーザーに対し説諭したコメントを持ち出し、当方がIPでコメントしているような疑いをしている点を攪乱ではないのかと指摘したのですが、自作自演でも無い限り該当IPに拘るゆわれは無いハズです。 そもそも、WP:RCUを利用すれば、明らかにドメインが違っているので貴方の疑いが全くの検討ハズレであることや、山口県からOCNでネットワーク接続しいている該当IPーザーについても、明確になると思います。 それゆえ、最初にWP:RCUでハッキリさせた方が良いでしょうかとコメントしたのですが?
それと『ベルリン陥落1945』については、ハッキリと問題を前述してあります。 その点について検証可能な信頼性の高い文献としてソ連の公刊戦史を提示してありますが、それを無視しているのは何故でしょうか?  さらに何やらハッソ・フォン・マントイフェルの階級についてコメントしれていますが、本記事では当該人物について記述されていません。 いったい、本記事のどこに、そのような編集がされたとしているのでしょう? そもそも、ソ連軍の呼称とは明らかに無関係です。 又、本記事で『ベルリン陥落1945』を出典として用いたのは他のユーザーで、当方が出典として用いてはいません。 
これら批判について無視し、いつまでも自身の主張や観点に固執されても困ります。 正当な批判を受けるくらいの問題があることが受け入れられず、それらを自身に対する「攻撃」と受け取ったり、編集や改訂の可否が勝負だと受け取るのであれば、別の場所を探したほうがいいと思います。 何故情報源を示すことが必要なのか、どのような資料が得られると考えられるかということを伝えることは、記事の質と他の執筆者の能力向上が期待できるので望ましいハズです。 それは「攻撃」では無く、「勝負」でも無く、検証可能な信頼性の高い記事へと繋がります。 もっと視野を広くして貰えればと思います。--DrumBeat 2010年2月28日 (日) 20:44 (UTC)返信[返信]
さても恥ずかしいことを方言されて誠に驚くばかりです。ベルリンの戦いにおいてハッソ・フォン・マントイフェルについて記述が無い事自体がお笑い種、まさに木を見て森を見ずというべきでしょう。マントイフェルやハインリツィがベルリン救援を命じられて拒否、ハインリツィの解任が命令されその後をマントイフェルが継ぐよう命令されたのをマントイフェルが拒否したことも知らずにベルリンの戦いを編集していたのでしょうか?貴方のベルリンの戦いはベルリン市内のみのお話ですか?市内の戦いについてはベルリン市街戦を作ってあります。そちらでやってください。
ベルリンの戦いはベルリン市内及び周辺に限らず、ゼーロウ高地の戦いから始まるナチス・ドイツ終焉を描く戦いです。貴方のような小さい視野で判断するものではありません。
さても大きな声でマントイフェルが関係ないと断言できるとは・・・・いやはや、これは驚愕を禁じえません。ついでに言えば貴方が消したヴァルター・ヴェンクについての記載や弟9軍の行動もヒトラーの命令との関連があることも理解していないとは・・・・これはまさに驚異というべきでしょう。だから、ベルリンの戦いが全く成長を見せていないのですね。独ソ戦のテンプレートでも自らが主筆であるベルリンの戦いがかすむ事を恐れてこれこの作業でベルリン市街戦を削除してハルベの戦いを放り込むといったわけのわからない行為をしたことにも現れています。記事の私物化はおやめください。
貴方は自らの主張を正しく見せるために断片的に資料をだしているだけで『ソ連軍』『ソビエト軍』の記述が多いことはよくわかりましたが、これは一介の素人である貴方が独自に調べたもので独自研究にすぎません。私が求めているのは『当時のソ連武装勢力の正式名称が何であるか』ということを記載した出典です。ソ連の公式資料ですが、自らの国の部隊を『国軍』というのはごく当たり前なことです。私の出している資料には『当時の正式名称は「労農赤軍」である』と書いてあります。これは公式な方針であるWikipedia:検証可能性にもあるように『労農赤軍』と書かれた立派な日本語資料があるわけですから、貴方が『当時のソ連武装勢力の正式名称が「赤軍ではない」』という資料を探してこればいいだけです。それともそのソ連の公式資料の中に「当時の正式名称は『ソ連軍』(もしくは『ソビエト軍』)である」と書いてある部分があるのでしょうか?私が拝見した限りでは見つかりませんでした。そもそも、旧日本軍は新聞等などで『皇軍』と書かれていた事があるわけで、貴方の主張に従えば、旧日本軍の正式名称が『皇軍』になりかねません。独自研究もいい加減にしてください。
以上のことをもって貴方が資料を出すのを待っているのですが、通常ならば一週間反論が無ければ同意という不文律があるのにも関わらず、貴方は三ヶ月も放置しておいて挙句の果てに私に記事を書く暇があれば云々・・・。これも驚愕を禁じえません。記事を書く事はWikipediaに参加する以上、当たり前のことです。これを否定するならばWikipediaに参加する意味がありません。それとも記事を書かずに議論に終始している貴方が正しいと言われるのでしょうか?意味がわかりません、というか貴方はWikipediaに何をお求めなのでしょうか?バーナード・ショーもこう言っています。
「有能な者は行動するが、無能なものは講釈ばかりする。」
蓋し名言ではないでしょうか。
さてCU依頼ですが、いつでもどうぞ。ただし貴方が三ヶ月も投稿を控えていた事はCUに関するログが消えるのを待っていただけだと思われるのですが、いかがでしょう?もっともアカウントとIPを絡ませたCU依頼ができないことはご存知の上で言っているのだとは思いますけども。私がそんなに腹立たしい存在ならば月間新記事賞や強化記事でつまらん作為をするよりも私に対するコメント依頼、もしくは投稿ブロック依頼でもしたらどうでしょうか?それがWikipediaにおける正しい道でしょう。まぁ、ここまで書けばまた某大型掲示板で私に関する大批判が始まるのでしょうけども。--Hideokun 2010年3月7日 (日) 15:39 (UTC)返信[返信]

記事の充実について

現段階での当該記事についてはまだまだ充実できるものと思います。現在、編集合戦的なことが行われていますが、これは意見の相違であり、ある程度摺り寄せることができるのではないかと思います。私個人として、来週、ベルリンの戦いを充実させるべく投稿を行うつもりですが、今まで作成された方に対する敬意を示すためにも、まずはある一部分だけ行おうと思います。これはベルリン攻防戦のテンプレートで一項目として使用しているベルリン包囲についてなのですが、その部分に関しては英語版よりの翻訳から導こうと考えています。ただし、ここにはすでに日本語文献を利用して作成されている部分がありますが、これは優先いたします。また、英語版との相違点(まだ、キチンと確認してませんのであるかどうかはわかりません)については脚注で扱えればと考えています。
また、ヴァルター・ヴェンク、ハルベの戦いについても多少なりともベルリンの戦いのどこかに記述を行いたいと思います。これは私が作成したという親バカ的な気持ちがあるというのではなく、ベルリンの戦いという大きな戦いの中の小さな戦いという扱いを行いたいと考えています。「ベルリン陥落」、「歴史群像アーカイブ独ソ戦」、「どくそせん」などの書籍の中でもヴァルター・ヴェンク、ハルベの戦いについては記述があることから記述できると思います。どなたからもお返事がなければ来週末までには作業を行いたいと思います。--Hideokun 2009年8月12日 (水) 03:11 (UTC)返信[返信]
「ソ連軍」「赤軍」の呼称について同意にいたっていませんので、当分の間、リン付け等軽作業のみ以外の編集行為は控えさせていただきます。同意がなされれば、また編集について検討できればと思います。大きなことを言いつつも実行できずにお恥ずかしい限りです。--Hideokun 2009年9月6日 (日) 09:45 (UTC)返信[返信]
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