ノート:モンゴル系民族

最新のコメント:6 年前 | トピック:外部リンク修正 | 投稿者:InternetArchiveBot

国家に関する記述の分割 編集

中国中華人民共和国のように、モンゴルモンゴル国を二つの記事に分けたほうがすっきりすると思うのですが、如何なもんでしょうか。Safkan 09:37 2003年11月30日 (UTC)

私はSafkanさんの案に賛成です。tanuki_Z 10:33 2003年11月30日 (UTC)

まだ早いかな、とも思いましたがやってしまいました。Safkan 23:59 2003年12月2日 (UTC)

移動提案 編集

内容がモンゴル民族 or モンゴル人の話になっているので、内容をモンゴル人に移動して、この記事は曖昧さ回避のページにするというのはどうでしょうか。Kurz 10:37 2004年1月27日 (UTC)

モンゴルという言葉は、民族という意味と歴史的に存在した勢力という意味の両方で使われるため、曖昧さ回避化には反対です。むしろこの記事は、「モンゴル」に時と時代と多様な意味付けがあるということを包括的に記述した記事に膨らませるべきだと考えています(などと思っていながら、分割した時書きなぐっただけで放置したために今のような民族誌の記事になってるんですが…)。Safkan 11:31 2004年1月27日 (UTC)

なるほど、わかりました。提案はとりさげます。Kurz 10:12 2004年1月28日 (UTC)

なかなか膨らみそうにないですね。現状では、方向性が漠然としてるから、いまいちどのように手をつけていいのかわからないです。oxhop 15:14 2004年3月27日 (UTC)

「モンゴル」にまとめる意味は? 編集

元が滅んだあとは、「モンゴルオイラート」じゃなくて、「タタール部とオイラート部」と世界史では、習うのですが、ジョチ・ウルスが、日本では、金帳汗国もキプチャク・ハン国もごっちゃにして取り扱うのをジョチ・ウルスにしたような特別な理由があるのでしょうか?モンゴルにする理由が理解できないのですが....。siyajkak 9:55 2004年7月12日 (UTC)

211.1.93.45さん=211.1.93.68さん=siyajkakさんでよろしいのでしょうか?タタールを呼んで頂ければ判ると思うのですが、タタール=韃靼はによる他称であり、自称はモンゴルだったからモンゴルとしてあるのです。まあ、私がえらそうに言える立場ではないのですが、とりあえずモンゴルで統一していたほうがいいと思うのですが。それと出来るならばログインしてから編修をお願いします。らりた 2004年7月15日 (木) 08:37 (UTC)返信

ozhopさんのご懸念もsiyajkakさんのご疑問をごもっともと思います。今のままじゃあまりにもいい加減過ぎてどうにもならないですね。そのうちちゃんと書きたいと思います。そのうち。いつだろう… Safkan 2004年7月15日 (木) 09:03 (UTC)返信
ざっと下調べ無しで書けた限り加筆しました。モンゴル帝国期のことや、文化など、まだまだ加筆の余地があると思いますけども。Safkan 2004年7月15日 (木) 09:59 (UTC)返信

なぜ国に関する記事ではないのか? 編集

日本語でモンゴルといったら普通はモンゴル国のことではないですか。モンゴル民族のことが書いてあるのは解せません。--220.105.155.28 2006年3月5日 (日) 16:16 (UTC)返信

個人的には、モンゴル民族としての項目になっていることに賛成です。モンゴルにはモンゴル国内モンゴル自治区、さらにはロシアなどにいたる広がりがあるため、モンゴルの項目にはそうした導線が必要であると考えます。--Mizu basyo 2007年6月9日 (土) 06:47 (UTC)返信
モンゴル国の領域や国民は、モンゴルの領域やモンゴル人の一部分ですから、別記事である現状で問題はないと考えます。--Dalaibaatur 2010年5月16日 (日) 11:54 (UTC)返信

怪しげな記述 編集

以下の記述について、モンゴル史またはチベット史・チベット仏教学の研究者による典拠がありましたらよろしくおねがいします。「清国」なんて、とっくの昔に滅亡しているのに、「今日においても両国は対立関係にある」なんて、あからさまにおかしい。--Dalaibaatur 2010年5月16日 (日) 08:49 (UTC)返信

清はモンゴルを服属させ、チベット仏教による徹底的な弱体化策を行った。このため今日においても両国は対立関係にある。

改名提案 編集

上記のように、「モンゴル」だけでは曖昧なので、「モンゴル」は「モンゴル (曖昧さ回避)」に譲り、この記事はモンゴル民族を扱っているわけなので、「モンゴル系民族」としてもよいと考えます。これで「テュルク系民族」「ツングース系民族」と合わせてアルタイ系三民族がそろいますし。--トムル会話2014年2月22日 (土) 01:33 (UTC)返信

一週間経ちましたので、改名します。--トムル会話2014年3月2日 (日) 15:27 (UTC)返信

改名提案(2) 編集

トムルさんの「モンゴル系民族」への改名に反対し、「モンゴル民族」への改名を提案します。
(理由1)改名の提案から改名実施までの実施期間が短い。
(理由2)改名の是非をめぐる議論がまったく行われていない。
(理由3):言語学者が言語の系統関係から措定した「〜系民族」と、統一国家を樹立した歴史経験やひとつの民族としての観念を共有する「モンゴル」を同列にあつかうべきではない。
(理由4)日本のモンゴル学界、マスコミ用語などにおいて、『モンゴル国内の諸族』と『中国内蒙古青海新疆などに居住する諸族』を指して「モンゴル系諸族」と総称する合意や習慣は確立されていない。独自の国家と名称をもつブリヤートカルムイクはともかく、彼らは「モンゴル」そのものと理解されている。

以上です。--Dalaibaatur会話2015年3月26日 (木) 21:47 (UTC)返信

理由1→Wikipedia:ページの改名#改名前にすべきことには「提案から実際に改名するまでは、1週間の告知期間をおいてください。ひょっとしたらその間に反対意見が出るかもしれません。反対意見が出たときは、議論を行って合意形成を図ってください。」とありますので、問題ありません。問題だとすれば、ウィキペディア側にあるので、今現在のルールを変える必要があります。その議論はここではないでしょう。
理由2→上記により、一週間以内に反対意見がなかった=〝合意された”とみなされるたため、「改名の是非をめぐる議論がまったく行われていない。」ことは問題ではありません。1週間を過ぎて今議論が始まったのであれば、それは良いことでありますが、改名提案告知から1か月近くも経ちますから、やはり問題ではありません。
理由3→この記事は「言語学者が言語の系統関係から措定した〜系民族」を扱っているものであり、決して「統一国家を樹立した歴史経験やひとつの民族としての観念を共有するモンゴル」を扱った記事ではない。
理由4→根拠が見えません。明確な出典を要求します(Wikipedia:出典を明記する)。
まず、ここはウィキペディアであることを前提としてください。なので、ウィキペディアのルールに則ってください。私はウィキペディアのルールに則り、決められたプロセスを経て改名を行いました。私の行為は問題ありません。改名提案をなさるなら、まず改名提案テンプレートを貼り、Wikipedia:改名提案で告知を行ってください。そして1週間の間に反対意見があれば、合意形成(Wikipedia:合意形成)を行い、反対意見がなければ、1週間後に改名してください(Wikipedia:ページの改名)。今回の場合、私が1週間以内に反対をしましたので、私との合意形成をはかってください。
妥協案として、言語系統民族であるモンゴル系民族はこのままにし、ブリヤート人、カルムイク人等をぬいた「モンゴル人」という記事ができていないので(現在はモンゴル系民族へ転送されている)、こちらを新設した上でDalaibaaturさんのおっしゃる「モンゴル民族」を「モンゴル人」内で記述すればよろしいかと思います。私にはいまいち「統一国家を樹立した歴史経験やひとつの民族としての観念を共有するモンゴル」を意味する「モンゴル民族」という記事を立てる意味がわかりませんので(おそらくは大和民族と同じ概念だと思いますが)、その根拠も教えていただくと幸いです。--トムル会話2015年3月31日 (火) 12:35 (UTC)返信
「モンゴル系民族への改名」を提案し、実行なさったトムルさんによる議論参加(そして議論の開始)を歓迎します。
(4)については、「【モンゴル系民族への改名】の提案者・実行者・賛成者」に対して典拠を要求しているのはこちらの方です。
1. 「モンゴル国家の国民」(1913年成立のボグド・ハーン政権以降の歴代政権の国民)そのものをさして「モンゴル系民族」と称している典拠がありましたらご紹介お願いします。
2. 「内蒙古自治区」の領域に分布する諸部族に対し、個別にまたはまとめて「モンゴル系民族」と称している典拠がありましたらご紹介お願いします。
3. モンゴル国家(1913年〜)・内蒙古自治区(1947年)の成立以前のモンゴル高原の住人そのものをさして「モンゴル系民族」と称している典拠がありましたらご紹介お願いします。--Dalaibaatur会話2015年4月3日 (金) 03:40 (UTC)返信
4. モンゴル国家の国民と内蒙古自治区に分布する遊牧諸部族そのものを指してまとめて「モンゴル系民族」と称する典拠がありましたらご紹介お願いします。--Dalaibaatur会話2015年4月3日 (金) 16:19 (UTC)返信
このままいくと、同じ論争が永遠に繰り返されることが想定されますので、1.2.3.については返答しません。それより、2人で議論するよりも、他の編集者を募って意見を聞いたほうが良いと思います。私は他の人の意見が出るのを待つこととします。そもそも、「系」の字があるのと無いのとでは何が違うのでしょうか?--トムル会話2015年4月3日 (金) 15:10 (UTC)返信
ざんねんですが、典拠を求めた私の質問に「返答しません」とお答えがありましたので、該当する箇所に「要出典タグ」を貼らせていただきます。トムルさんのほうから私のほうに質問があった本節冒頭の「改名提案・理由(4)」の「典拠」として、私自身は、以下の3種の文献について、調査しようと思います。
(1)モンゴル科学アカデミー歴史研究所『モンゴル史』(恒文社,1988)
(2)宮脇淳子『モンゴルの歴史』(刀水書房,2002)
(3)田中克彦『草原の革命家たち』(中央公論社,1990)
(1)はモンゴル国の国家機関の著作をモンゴル史の専門家たち(田中克彦二木博史今泉博岡田和行)が翻訳した文献、(2)はモンゴル史の専門家、(3)はモンゴル近現代史に造詣の深い言語学者による著作です。--Dalaibaatur会話2015年4月5日 (日) 12:37 (UTC)返信

本題とは少し関係ないのですが、

  • まずこの議題は改名提案として成立しているのでしょうか?それとも改名提案の前段階なのでしょうか?改名提案の手順がまだのようですが(Wikipedia:ページの改名)。
  • もしかしたら、この議論は改名提案ではなく、分割提案なのではないですか?
  • このノートページへの編集回数が少し多いようです。(Wikipedia:同じ記事への連続投稿を減らす

すいません余談でした。本題に入ります。私のノートページも拝見し、下記の出典も拝見しました。まずはDalaibaaturさんが荒らしの人ではないことがわかり、私がDalaibaaturさんをそういう目で見ていたことは謝りたいと思います。であれば合意形成に向かいたいと思いますが、出典集めには時間をいただきたいので、しばらくお待ちください。その前にまず、私とDalaibaaturさんのこの記事に対する認識が違うことがみえます。

  • 私トムルはこの記事「モンゴル系民族」を「モンゴル系言語(モンゴル諸語)を母語とする民族」を指し、地域でいえば、中央ユーラシア全体におよび、歴史でいえば、古くは鮮卑・柔然に始まるかもしれません(今はモンゴル部~になってますが)。
  • Dalaibaaturさんはこの記事を「モンゴル国家の国民と内蒙古自治区に分布する遊牧諸部族・モンゴル高原の住民そのもの」と範囲を狭め、カルムイク共和国のカルムイク人、アフガニスタンのモゴール人、新疆のオイラト族、トゥ族、トンシャン族等を含めず、歴史的にいえば、「モンゴル部~現在」になり、ゆえに記事名も「モンゴル民族」となる。

言語民族である「モンゴル系民族」と、エトノス民族としての「モンゴル民族」がイコールではないのは私も同意ですが、この議題は改名提案ではなく、むしろ分割提案なのではないでしょうか。--トムル会話2015年4月6日 (月) 04:10 (UTC)返信

 本記事の現在の文面には、「モンゴル系民族」(または「モンゴル系」)という記事名にふさわしい記述が、(私の立場からみても)ある程度はあります。ウィキペディアのルールに則った手順としては(1)「分割」する(2)「改名(移動)」したうえでこちらの記事名にふさわしい部分を「分割」の手続きにより移動する。(3)その他の手段の3タイプがあります。
 トムルさんから「合意形成に向かいたい」「出典集めには時間をいただきたい」という意思表明をいただきましたので、(3)の手順を進めるのは中止し、トムルさんとのやりとりを通じて問題点がある程度煮詰まった段階で、コミュニティには(1)または(2)の方法で賛否やコメントを求めるという手順をとりたいと思います。
 (1)と(2)の差は「記事の編集履歴」を「モンゴル系民族」名義の記事と「移動(または分割)」先の記事のどちらに残すかという点だけです。閲覧者からみて記事本文には見かけ上の違いは生じないので、私としては「分割」という方法でいいのではないかと思います。
現在の文面をどのように再編したいか、については(1)と(2)のどちらの手法をとるかについてトムルさんと合意できましたら、節をあらためて、自説を提示したいと思います。(トムルさんに対しては「会話ページ」にて概要をお伝えします)。--Dalaibaatur会話2015年4月6日 (月) 08:18 (UTC)返信
私としましては、内容がほぼ「モンゴル系民族」となってしまったこの記事を「モンゴル系民族」のままにし、新たに「モンゴル民族」を立ち上げたほうが、分割の手順がスムーズになるのでいいと思います。履歴継承の面でいった場合も、もともとが言語民族のことをいっているのかエトノス民族のことをいっているのかが分からない記事でしたので、モンゴル系民族がこの履歴を受け継いでも問題はないと思います。--トムル会話2015年4月6日 (月) 16:26 (UTC)返信
では、現在の文面を再編する方法としては、「分割」がいい、という点では意見の一致をみたかなと(ただし、「この記事」の「内容がほぼ「モンゴル系民族」となってしまった」には同意し兼ねます)。それでは、私の「分割」案を、次々節に「分割の提案」を設けて行いたいと思います。ただし、宮脇氏以外の文献の用法を調べ終えたあとにいたします(トムルさんの会話ページには2015年4月6日時点での考えの概要をお知らせいたしましたが、用例しらべの結果、考えに変更があるかもしれませんので)。トムルさんの案がすでにガッチリ固まっておられるようでしたら、さきにトムル案をご提示いただいてもよろしいかと。--Dalaibaatur会話2015年4月7日 (火) 08:49 (UTC)返信

モンゴル高原の住民そのものに対する呼称、「モンゴル系民族」の用法についての「典拠」 編集

  1. モンゴル高原の住人そのものに対する用例を調べる。
  2. 「モンゴル帝国」、「モンゴル国」、「モンゴル高原」、「内モンゴル」、「北モンゴル(外蒙)」、「内モンゴル草原」、「モンゴル語」など、組織・地名・言語名などの「人間集団の呼称」ではない複合語の用例は調査対象に含めない。
  3. ただし「モンゴル」という単語のみは、あらゆる用例をピックアップする。
用語と意味 『モンゴル史』 『モンゴルの歴史』 『草原の革命家たち』
モンゴル   モンゴル高原に拠点を置く勢力(チンギスの即位以降)に対する呼称 :
pp.3, 7,13,44,49,52-53,68,75-76,85,114,117,124,129-133,143-145,147,152-161,168-169,171-172,175-176,179,184,189^190,193,195,201,213,214,214,219-220,224,228-230,232-240,251-252
 
  かつてモンゴル帝国を建設し、モンゴル高原を本拠とする遊牧騎馬民の名称:
p.17,123,137,143,146,149,153,161,177,240[1],246,246[2],247,251
 
  「モンゴル」という名称を持つ部族(チンギス・ハンの祖先の所属部族)の呼称:pp.26,36-37,66-67,76,138  
  モンゴル帝国の支配者たちへの呼称:pp.45,46?[3]  
  オイラト・ロシア・清と対比した、1637-88年のハルハ部に対する呼称:p.186,186[4]187  
  モンゴルの「土地」に対する呼称:p.138,178  
  1913年に独立宣言したモンゴル北部の国(の歴代政権)に対する呼称:p.232-239,242-246,251,253-255,260-263  
モンゴル部   チンギス・ハンの即位以前の「モンゴル」という名称を持つ部族の呼称:pp.36,37,38,39,41  
     
     
モンゴル部族   チンギス・ハンの即位以前、「モンゴル」という名称を持つ部族の呼称:pp.44,49,51,64,66,138  
     
     
モンゴル諸部   15-17世紀にモンゴル高原に割拠していた諸部族に対する呼称:pp.149,152,176-177,184,187,195  
  清朝が臣従させ組織した17-20世紀のモンゴルの諸集団への呼称:p.221-223,226  
     
モンゴル諸部族   15-16世紀にモンゴル高原に割拠していた諸部族に対する呼称:p.149  
  清朝が臣従させ組織した17-20世紀のモンゴルの諸集団への呼称:p.219  
     
モンゴル遊牧民   15世紀にダヤンハーンが統一したモンゴル高原の遊牧民に対する呼称:p.168  
     
     
モンゴル民族   p.17,42,55,76[5],117,136,168,183,188,201  
     
     
モンゴル人   モンゴル高原に拠点を置く勢力(チンギスの即位以降)の成員に対する呼称:pp.3,5,7,13,32,48,49,68,85,96,121,122,123,124,129,142,177[6],180,183,183[7],184,186,186[8],201,214,218-221,227-229,231-234,238-240,242,247,249-250,256,259,263  
  モンゴル帝国の支配者たちへの呼称:p.44,58,64,166  
     
モンゴル族   モンゴル帝国の支配者たちへの呼称:p.95,121  
  清朝の支配民族「満洲族」と対比したモンゴル高原住民への呼称:p.219  
  中華人民共和国の「少数民族」のひとつに対する呼称:pp.256,258-259  
  モンゴル国民の多数派に対する呼称:pp.263  
モンゴル貴族   モンゴル草原を支配するチンギス末裔たちへの呼称:p.142   
     
     
モンゴル王公   モンゴル草原を支配するチンギス末裔の貴族たちへの呼称:p.231   
     
     
タルタル人   12世紀ヨーロッパ史料に登場するモンゴル帝国�支配者への呼称:p.106   
     
     
モンゴル軍   モンゴル帝国の軍隊に対する呼称:pp.77,78,81,85,94,103,104-105,114,130,131,162   
  17世紀ハルハ部の軍勢に対する呼称:p.186   
  ボグド・ハーン政権,モンゴル人民共和国の軍勢に対する呼称:p.235,255   
モンゴル兵   モンゴル帝国の軍隊の兵士に対する呼称:pp.131   
     
     
モンゴル騎士団   チャガタイ・ハーン国の支配層に対する呼称:pp.120   
     
     
モンゴル人種   モンゴル語を話しかつ純血を保ってきた架空の存在に対する呼称:pp.42   
     
     
モンゴル系   モンゴル高原に興亡した遊牧民集団の系統を言語に基づき分類した場合に「トルコ系」と対比して使用される表現:pp.17,18,42  
  特定の民族集団に対し、言語系統の分類用語として使用される呼称:p.182[9],183[10],127[11],237[12],259[13],261[14]  
     
モンゴル系民族   「モンゴル語を話す民族」という意味の呼称:pp,41[15],43[16]  
     
     

内モンゴル王公(p.231)
ハルハ王公(p.231)
ハラチン王公(p.231)
内モンゴル諸部(p.231)

とりあえず、宮脇淳子『モンゴルの歴史』の用例を調べたので、アップしました。

とりあえず宮脇氏の用語の傾向は次のようなものです。

  1. 「モンゴル」という名称が、モンゴル高原を本拠とする勢力あるいは遊牧民の呼称として、極めて一般的な呼称として使用されている。
  2. 「モンゴル系」または「モンゴル系民族」という用語は、ある遊牧民の集団がどんな言語を使用しているかを問題にする、という文脈でのみ使用されている

以上より、「モンゴル系民族」なる呼称は、「モンゴル高原を本拠とする集団そのもの」の通常の呼称(「言語系統を問う」という文脈以外でもちいられる呼称)としては、まったく不適切であると思われる。--Dalaibaatur会話2015年4月5日 (日) 12:47 (UTC)返信

  1. ^ モンゴル知識青年層
  2. ^ モンゴル知識青年
  3. ^ モンゴルの故地から遠く離れたイランの地に、モンゴル高原のすべての部族や氏族の子孫が暮らしていた。
  4. ^ 「モンゴル」のみでハルハを指す用例と、「ハルハ・モンゴル」という表記が併用されている
  5. ^ ただし『モンゴル「民族」』という表記。
  6. ^ 原文は「ゴビ砂漠の南のモンゴル人」
  7. ^ ハルハ・モンゴル人
  8. ^ ハルハ・モンゴル人
  9. ^ 「今はモンゴル系に分類されるその地の原住民ダグール人」
  10. ^ 「ザバイカリエには、モンゴル系のブリヤート人とトゥングース系のエヴェンキ人が住んでいた」
  11. ^ 「ソロンはツングース系の言語を話す人々で、�一九五七年には自称のエヴェンキに改名している。オロチョンもツングース系である。ダグールとバルグはモンゴル系であるが、(後略)」
  12. ^ 「十七世紀からロシア皇帝の臣民になっていたモンゴル系のブリヤート人」
  13. ^ 「モンゴル国の北にあるブリヤートは、ロシア連邦内の共和国で、人口一〇五万人、その中でモンゴル系のブリヤート人は四分の一の三五万人である」
  14. ^ 「(カルムィク人は)もともとのことばはモンゴル系だったが、すでにロシア語しか話せない人が多い」
  15. ^ 用例全文:さて、七世紀ごろ、室韋あるいはタタルと呼ばれた部族のなかから、のちにモンゴル帝国の支配者となったモンゴル部族が出たことは明らかになった。それでは室韋あるいはタタルはモンゴル系民族でモンゴル語を話していたといってよいだろうか。単純にそのようにいうことはできない。
  16. ^ 用例全文:現在トルコ系民族に分類される人びとは、時期こそ違いがあるがイスラム教に帰依した人びとで、モンゴル系民族に分類される人びとは、十六世紀以降にチベット仏教徒になった人びとである。ただひとつの例外は、モンゴルの西北部にいるトルコ系で仏教徒のトゥヴァ人だが、宗教と民族の分布がここではほとんど完全に重なる。後述するが、チンギス・ハーンの時代にはモンゴル語とトルコ語の区別はまだあまりなかった。トルコ系言語にペルシア語やアラビア語の語彙が入って、今のモンゴル語との相違が際立つようになったのは、もっとあとの時代である。宗教は強い求心力を持ち、言語と精神世界に影響をおよぼす文化そのものだとおもう。

分割提案 編集

上記により(ノート:モンゴル系民族#改名提案(2))、現在の記事を「モンゴル系民族」と「モンゴル民族(仮)」に分割したいと思います。私の分割案としましては、

  • 名称→モンゴル民族(仮)へ
  • 分布→残留
  • 文化→モンゴル民族(仮)へ
  • 歴史→残留(再編集します)
  • 構成氏族・部族→モンゴル民族(仮)へ
  • 現在のモンゴル系民族→残留

となります。また、移動先となるエトノス民族としての「モンゴル民族(仮)」の記事名ですが、エトノス民族として「モンゴル民族」がいいのか、モンゴル国国民としての「モンゴル人」がいいのか、モンゴル語(ハルハ方言、チャハル方言)を話す「モンゴル族」(外蒙古+内蒙古)がいいのか、またはこれらがさらに別記事になるのかは今後の議論に委ねたいと思います。--トムル会話2015年4月7日 (火) 14:11 (UTC)返信

トムルさんの上記提案に賛成します。--Dalaibaatur会話2016年7月16日 (土) 16:42 (UTC)返信
それでは、Dalaibaaturさんの同意を得ることができましたので、ページの分割に移りたいと思います。--トムル会話2016年7月23日 (土) 15:05 (UTC)返信
  賛成 遅ればせながら、上記提案に賛成いたします。なお、分割した際は、モンゴル民族en:Mongolsに、モンゴル系民族en:Mongolic peoplesに対応させるという理解でよろしいでしょうか。--ABCEditor会話2016年7月29日 (金) 13:03 (UTC)返信
(追記)上に挙げられている選択肢の中では、モンゴル語(ハルハ方言、チャハル方言)を話す「モンゴル族」(外蒙古+内蒙古)に1票を投じたいと思います。--ABCEditor会話2016年7月29日 (金) 13:07 (UTC)返信
「モンゴル民族」の記事とは、モンゴル部以降の「モンゴル」という名を称した民族であり、モンゴルとしてのアイデンティティを持った民族であると考えます。対して、「モンゴル系民族」とは、言語民族としての意味であるので、モンゴル諸語を話したであろう民族が該当します。なのでモンゴルが誕生する以前より存在し、古くは東胡からの記事になるかと思います。また、分割後の記事名ですが、ABCEditorさんが1票投じた「モンゴル族」はどうも中華人民共和国の民族識別工作における(内モンゴル自治区の)名称に聞こえてならないのですが、いかがでしょうか。私としては「モンゴル民族」が良いと思いますが。--トムル会話2016年7月31日 (日) 13:50 (UTC)返信
  返信 (トムルさん宛) お返事ありがとうございます。分割先の記事名としては、トムルさんのおっしゃる通り、私も「モンゴル族」よりも「モンゴル民族」の方が良いと思います。ハルハ+チャハル=モンゴル民族と私は理解しています。--ABCEditor会話2016年7月31日 (日) 22:38 (UTC)返信
ABCEditorさん、ご賛同ありがとうございます。それではページの分割をさせていただきます。--トムル会話2016年8月1日 (月) 00:28 (UTC)返信

外部リンク修正 編集

編集者の皆さんこんにちは、

モンゴル系民族」上の1個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2017年9月20日 (水) 12:05 (UTC)返信

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