ノート:日本の女性史年表

最新のコメント:16 年前 | トピック:参考リンクの追記について | 投稿者:Album

記事名 編集

記事名ですが、日本の女性史年表にしてはいかがでしょうか?個別年度分をまとめたサブ記事は日本の女性史年表 (1945年)といった感じにすると、記事名の付け方などの慣習と比較的整合がとれそうな気がします。いかがでしょうか?--Masao 2007年2月9日 (金) 08:30 (UTC)返信

ご指摘をありがとうございます。現在の記事名を女性史年表 (日本) としたのは、例えば、「女性史年表 (イタリア)」など、日本以外の女性史年表が書かれる可能性もある、等と考えたからです。言い換えれば、どうしても現在の記事名でなければ、という訳ではありません。記事名を日本の女性史年表に、サブ記事は日本の女性史年表 (1945年)とした方が、記事名の付け方などの慣習と比較的整合がとれそう、ということでしたら、勿論、そのように変えたいと思います。
明日(2月10日)の夜までに、この件で他の方から特にコメントがはいらないようでしたら、ご指摘いただいたように変更するつもりです。ありがとうございました。--よしの祐子 2007年2月9日 (金) 11:51 (UTC)返信
「明日(2月10日)の夜までに、この件で他の方から特にコメントがはいらないようでしたら、、、」と書きましたが、ページ名の変更に関する指針に「提案からおおむね5日間は猶予期間を」とありますので、5日間はこのままで待ってみようと思っております。--よしの祐子 2007年2月10日 (土) 05:07 (UTC)返信
Wikipediaでは多くのテーマ史の年代別記事が作成されています。この「女性史」についても各年代ごとの記事は充分な分量があり、ひとつの記事で扱える範囲を超えていると思われますので、年代別の記事を作成することは問題ないと思います。
記事名については、他のテーマ史の記事名との整合性と、曖昧さ回避をどう扱うかという問題を考慮する必要があるのではないかと思います。まず、他のテーマ史の年代別の記事名は「2006年の政治」、「2006年の教育」、「2006年のテレビ (日本)」のように「××××年の○○」や「××××年の○○ (日本)」という形式になっていますので、女性史についても年代別のサブ記事はできるだけこれらの記事名に合わせた方がいいのではないかと思います。次に、曖昧さ回避の問題ですが、曖昧さ回避の括弧は、同姓同名の人物とか、まったく同じ地名のように、括弧書きを付けないとどうしても区別ができない場合のみに使うべきであり、この記事やサブ記事のように固有名詞を含まず、括弧書きなしでも区別が可能な場合には、括弧書きをできるだけ使わない方がよいと考えます。
以上の点から、このメイン記事を「日本の女性史年表」に、サブ記事を「××××年の日本の女性史」にすることを提案します。前者はMasaoさんのご意見とも合うものです。後者は、「××××年のテレビ (日本)」とは形式が異なりますが、より合理的で、他のテーマ史の記事名と整合するものです。また、年代別の記事は、ある程度まとまりのある分野を対象として作成すべきだと思いますので、将来的に日本以外の出来事も含めることを前提にして記事名から「日本」をはずし、「女性史年表」及び「××××年の女性史」とすることも一案ではないかと思います。
なお、日本語版のテーマ史では、この記事のように年代別のサブ記事とそれをまとめるメイン記事という構成のものはないようですが、英語版ではen:2006 in televisionen:List of years in televisionのように多くの例がありますので、今後、記事の体裁や内容を充実される際に参考になるのではないかと思います。 --Metatron 2007年2月11日 (日) 21:37 (UTC)返信
"将来的に日本以外の出来事も含めることを前提にして記事名から「日本」をはずし「女性史年表」に"、の案については、現在の内容が「日本」のものですので、将来的に日本以外の記事ができた時点で、現在のものを「日本」と限定するために再び記事名変更しなければならなくなるのではないでしょうか。ですので、メイン記事を「日本の女性史年表」に、また、他のテーマ史の記事名とより整合するということで、サブ記事を「××××年の日本の女性史」に、今のところ賛成です。
統合でなく分割している件ですが、現在用意している原稿は1945年から1995までで、ファイル容量合計は400kb強です。この原稿に加筆・削除・修正などして投稿になりますが、ファイル容量は減るよりは増える可能性大です。全て統合して1ファイルにした場合のファイル容量400kb強が大きすぎるかどうかは議論の余地ありでしょうが、少なくとも、読者の方は読みにくいと思います。更に、当然望みたいところですが、今後、情報が追加された場合のファイル容量を考えれば、分割はやむをえない措置でした。--よしの祐子 2007年2月13日 (火) 06:22 (UTC)返信
Masaoさん、Metatronさん、そして220.147.22.6さん。アドバイスを、そしてご意見をありがとうございました。
改名のご提案をいただいてから今日で1週間になりますので、そろそろ改名の手続きを行おうと思っています。メイン記事を「日本の女性史年表」に、サブ記事を「××××年の日本の女性史」に変更いたします。--よしの祐子 2007年2月16日 (金) 04:34 (UTC)返信

記事の扱い 編集

節を分けました。--Hatukanezumi 2007年3月2日 (金) 13:08 (UTC)返信

いずれにしても、年表だけを投稿するのはおやめください。ウィキペディアはデータベースではありません。--Suisui 2007年3月2日 (金) 00:59 (UTC)返信

とりあえずSuisuiさんのご提案に異議あり。いま時間がないので明日くらいに意見を書きます。--Hatukanezumi 2007年3月2日 (金) 05:12 (UTC)返信
Hatukanezumiさん。始めまして。よしの祐子 です。ご意見をありがとうございます。よろしければ、利用者‐会話:よしの祐子 もご参照下さい。--よしの祐子 2007年3月2日 (金) 06:18 (UTC)返信
User talk:よしの祐子の今日の分のやりとりをいま見ました。「意見」は明日に回してまず「印象」を述べます。
  • (昨日までに読んでいた部分について) 著者持ち込み記述について確認することは必要かとおもいますが、「隠そうとしているのか」(大意。実際はより悪意のこもった表現) などと言う必要があるのでしょうか。コミュニティの原則をまもる熱意からでた言動とは思いますが、我々は警察ではありませんよ。違反を捜査して摘発するような心構えでいらっしゃるのなら、おやめください。なにが記事の内容が充実しているゆえに疑いを持っていますですか。→frommさん
  • (今日読んだ記述について) 切り口上で「おやめください」と述べるだけの文章も問題だとおもいますが、さらにそれを同時刻にマルチポストすることに、なんの意味があるのでしょうか。返答する側に負担をかけ、混乱させるだけではないですか。また、そういうやりかたは、「議論に応じない」と決めつけているようにも見えます (それは事実に反します)。→Suisuiさん
わたしには、まるで新人いじめのように見えたのですが、お二方の意図するところをお聞きしたいです。
意見はこのあとにします。皆様にはくれぐれも、先走って削除依頼など出されませんように。そういうことは合意を得る努力が奏功しなかった後で間に合います。--Hatukanezumi 2007年3月2日 (金) 13:08 (UTC)返信

執筆について 編集

意見を述べます。

  • 「年表」の執筆が妥当かどうか(*)については、Wikipedia:井戸端/subj/定義についてである程度の合意が形成されているように見えます。「年表」であることにとりたてて問題があるとは思われません。個人的には、一覧系記事のうち、本当に項目を並べているだけの「××の一覧」のようなものこそ、やめてほしいとおもっています。
なお、揚げ足取りのようでなんですが、Suisuiさんの「ウィキペディアはデータベースではありません」という要約は不正確かとおもいます。当記事がデータベースの著作物でないことは明らかですし、また、Wikipedia:ウィキペディアは何でないかにはSuisuiさんが書かれたそのものずばりの表現はありません。さらに、「何でないか」の例に「年表」が挙げられていない --- もしも該当するのなら、「年表」は例としてあがっていてもおかしくないものです --- ことも注意しておきます。
  • 「年表だけ投稿」については、わたしも疑問を感じていたのですが(*)、
    • この間の投稿内容を拝見していて、あえて赤リンクを作成していらっしゃる場合があることに気づきます。それも手当たり次第というわけではなく、かなり抑制されています (むしろ、わたしには「なぜこの語にはリンクしないのか」と思われる場合もありました。リンクすべきだという意味ではありません)。このことから、自分が執筆できそうなものか、他人に執筆してもらいたいものを選択的にリンクしているのだと想像できました。
    • 執筆してもらいたいものにリンクするだけだとしたら問題かも知れませんが、昨日の会話ページでの書き込みを拝見して、執筆の意志もお持ちと確認できました。したがって、当面「年表だけ投稿」であっても、問題視するに足りないと考えます。
(*)一般論として、登録初期の利用者がいちどに大量の投稿をすることにまつわるトラブルは多いのだとおもいます。しかし、今回の場合は自著の持ち込みであり、分量が多いことだけを目安にトラブルの徴候と判断したのだとすれば、それは誤判であると考えます (むしろ今回は、そう判断した側がトラブルを惹起させていかねない)。

なお、内容に立ち入った意見ですが、女性史という術語(ですよね?)自体が、単に「女性に関する歴史」にとどまらない意義や位置づけをもって使われていると思いますので、当項目からも参照があるべき (あるいは、単に「女性に関する歴史」を扱う方針であるのであれば、断り書きがあるべき) と思います。

よしの祐子 2007年3月15日 (木) 09:02 (UTC)挿入返信

これは、女性史の定義文にあるような歴史研究ではなく、ここの定義文にある通りに、女性に関するできごとを年表形式で述べているだけのものです。Hatukanezumi さんのコメントの表現を借りれば、単に「女性に関する歴史」を扱う方針のもの です。従って、定義文に「これは歴史研究ではなく、単に『女性に関する歴史』を扱うものである」または「これは歴史研究ではなく、単に女性に関するできごとを時系列に記述するものである」旨の文言を入れた方が良いのかも知れません。
  • では、そもそもこの記事の記事名に「女性史」という術語を使うのが適当なのかどうかという問題があります。
これについて説明するために、なぜ自分がこのようなものを作成(編集)したのか (Wikipadiaの場で個人的な話をするのはどうなのかという問題がありますが、説明のためということでお許し下さい) について簡単な話をさせて下さい。
この記事の元原稿である日本 女性の動き 年表をWeb上に公開するに際して、タイトルを「…女性史…」ではなく「…女性の動き…」としたのにははっきりとした理由がありました。
わが人生のある時点で女性問題を意識するようになった自分は、日本の女性史関係の図書などいくつかを(拾い)読みなどしましたが、違和感を覚えることが多く、「(学問上の)女性史ってこんなもの?」と失望もし、そして、ナント不遜にも、日本の女性史がどんなものなのか、自分で調べてみようと思い立ちました。(人文科学の)学問研究の第一歩は資料集め。自分が始めたことは資料集め、すなわち「〇年〇月〇日誰が何をした、又は、何が起こった」という事実を列挙することでした。日本の女性史年表の参考文献に挙げたような資料等から"事実"を抽出し、メモに書き溜め、ある程度メモが溜まった時点で、Web上に公開することにしました。なぜWebに公開? 能力や自分に残された時間等々から、自分の作業は資料集めだけに終わるであろうというということは早い段階から自覚しており、従って、Web上に公開したのは、次の世代の人々に「日本の女性史」を書くための材料としてこの資料を使ってもらう、または、これを読んでもらうだけで少なくとも何かを感じてもらう、ためです。少しだけ「解説」をプラスしたのはこのためで、基本的な考えとしては「解説」はあまり入れないという方針でした。
大袈裟な話をしてるようですが、しかし、これがほぼ事実です。「日本の女性史」を書くための材料と言う割には材料が少ない? 分かってます。これから増やしていけばいいじゃないですか。 Wikipediaの場でこんな私的な話をするのはどうかと自分でも思いますが、言わなければ分かってもらえないと思って。
Web上に公開する際、タイトルはあまり迷わず、「日本の女性がどう動いてきたかの年表」なので、ちょっとスマートに「日本 女性の動き 年表」としました。この時、明確な意図をもって「女性史」とするのを避けました。これは単なる資料、いわば歴史研究のための材料であって、研究結果としての「女性史」ではない。これには、「女性史」と銘打ったものに辟易した、という気持ちもあったかも知れません。
Wikipediaに投稿するには、記事名として「日本 女性の動き 年表」は明らかに不適格です。適当な記事名が思い浮かばず、そこに「女性史」というコトバが浮かびました。実は私のHPに関して時々、未知の方からメールをもらうことがありますが、その殆どの方が「(貴方作成の)女性史年表…」と書いてきます。「Wikipediaに投稿なさったら…」というメールをもらったこともあるのですが、その方も私のHPを「日本の女性史」と書いておられました。このようなことから、歴史研究ではないけれども女性に関するできごとを書いているということで、「女性史」というコトバを一般的に使ってもいいのかな、と思うようになりました。しかし、記事名をもっと慎重に考えるべきだったかも知れません。Wikipediaに女性史がある以上、慎重に考えるべきでした。今になって、「女性の年表」でも良かったかも知れないなどと思います。しかし、どうでしょうか? 定義文に「これは歴史研究ではなく、単に『女性に関する歴史』を扱うものである」または「これは歴史研究ではなく、単に女性に関するできごとを時系列に記述するものである」旨の文言を入れるだけでも良いような気もします。

ついでに、女性史の項目について、アナール派歴史学の類型に入るとする以外にほとんど概念規定や実態の解説がないのはさびしいので、この分野について知識をおもちなら加筆をご検討ください。--Hatukanezumi 2007年3月3日 (土) 02:42 (UTC)返信

よしの祐子 2007年3月15日 (木) 09:02 (UTC)挿入返信

女性史の記述は見識の高い方が執筆されたのが判ります。素晴らしい解説です。それにあるように、「女性史」はこれからの「新しい歴史学」です。現実は、上に記したことで状況は少し理解していただけたのではないかと思いますが、まともな「女性史」はいまだ存在しないと言って間違いないように思います。
かっては私も歴史学徒でしたが、その時代には「女性史」には関心なく、また、日本史専門でもありませんでした。私には「女性史」の概念規定や実態の解説は書けません。書ける人はいないのでは、とも思います。そんなものは書けない、これが「女性史」研究の実情ではないかと思います。 見得を切ったような言い方ですみません。書ける人は…いるかも知れない。しかし、私達はいまだ手探りで進んでいるのです。
この問題について、考えをまとめるのに時間がかかっております。ご指摘の投稿から10日も経ちましたので、気になって、とりあえず。すみません。--よしの祐子 2007年3月12日 (月) 00:14 (UTC)返信
検討くださっていることをお知らせいただいただけで十分です。執筆はご自分のペースでやっていただければいいですし、一気にしあげなくても徐々に加筆していくのでもいいですし。--Hatukanezumi 2007年3月12日 (月) 04:28 (UTC)返信
私も、年表は掲載する出来事の取捨選択などによって充分に有用な記事になりうるものであり、単なるデータベースにはあたらないと思います。また、Category:各年の出来事の下には例えば2007年の政治のように年表にあたる記事が多数ありますので、年表を記事にすることの是非については、この記事のノートや一利用者の会話ページではなく、より適切な場(例えば、Wikipedia:井戸端/subj/定義についてに類する場)で議論すべきではないかと思います。その一方で、記事を作成する側には、記事を分かりやすくするために、出来事を時系列的に並べるだけでなく、2006年の気象・天体のように冒頭にその年の概要をまとめる等によって、誰からも百科事典の記事として受け入れられるようにするための努力も必要かと思います(なお、細かい点ですが、2006年の気象・天体のように、出来事を月別に分けていただくと、記事が見やすくなるのではないかと思います。)。 --Metatron 2007年3月4日 (日) 07:02 (UTC)返信

著作権関係 編集

お二方からのお返事はないようですね。まあ、ああ詰問されては答えにくいでしょうけど(自分で言うな)。年表を執筆すること自体には問題はないということだとおもいます。ですが、著作権関係について、重要な点を確認しておきたいとおもいます。

年表の元原稿を掲載してきたサイト内のページの最終更新日時 (Last-Modified) を追ってみたところ、すくなくとも 1998年11月10日11時15分34秒まで遡れました。遅くともこのとき以降、年表の元原稿は公表 (および送信可能化) されてきたものと考えられます (ページの最終更新日時にもとづいていますので、実際はより以前かもしれません)。もしも、年表の記載中に参考文献からの無断転載や借用が含まれていたとしても、この最低10年近くの公表のあいだに独自の記述に置き換えられているか、除去されていると考えてよいでしょう。

しかし、例外が考えられます。参考文献 (現在当項目で挙げているものに限らず) の著者からなんらかの許諾を得て、転載や借用をしている場合です。その場合、その許諾条件はおそらく、Wikipedia 上の著作物が準拠するGFDLにそわないものでしょうから、あらためて GFDL にそった許諾を原著者から得る必要があります。

  • 上記の、引用部分の話とは別です。引用は、「公正な慣行」に従っていれば (たとえ全文引用であっても) できますからね。それ以外の「地」の文の話です。

--Hatukanezumi 2007年3月4日 (日) 10:21 (UTC)返信

「もしも、年表の記載中に参考文献からの無断転載や借用が含まれていたとしても、この最低10年近くの公表のあいだに独自の記述に置き換えられているか、除去されていると考えてよいでしょう。」という議論は、仮定を多く含んでいますので、実際に転載元が特定された場合に、それと現在の記述を比較して論じるべき事ではないかと思います。また、転載に許諾があるかどうかも、その際に考えればよいことではないでしょうか。いずれにせよ、地の文については現在のところ著作権上の問題はないのではないかと思います。一方、引用部分については「公正な慣行」に沿っていると言えるためには、下記の#宣言文等の扱いで私が指摘したような問題が残っていると考えます。なお、自著作物に持ち込みの表示については、women chronologyでの「Copyright:よしの祐子:yuko_y@jca.apc.org All Rights Reserved.」という表示は著作権を主張するものであり、GFDLと矛盾しますので、削除されることが適当ではないかと思います(Wikipedia:自著作物の持ち込み#GFDLについて参照)。--Metatron 2007年3月4日 (日) 17:14 (UTC) 署名を補いました --Hatukanezumi 2007年3月5日 (月) 04:02 (UTC)返信
少なくとも、著者(上記Webサイトの元原稿を制作したひと)の制作態度としては、無断転載などを含んでいないようになっていると判断できるだろう、ということを言っています。もしもそういったものを含んでいれば、「最低10年近くの公表のあいだ」に原著者からの抗議なりそれをうけた訂正なりがなかったとはかんがえにくいからです。ただし、許諾がある場合はわたしの「判断」は根拠を失うので、許諾の有無を著者(同上)に確認しています。
元原稿の公表されていた期間を判断規準にするのは、たしかに間接的な検証ですが、Wikipedia にまったく新規に投稿される記事よりもよほど安心できそうだ、ということを言っています (これだけでは安心できない方は、わたしがやった以外のやりかたで、ご自分で検証を実施してください。検証しないで問題の有無を論じることは空論になってしまうとおもいます)。
また、引用に関して「『公正な慣行』に従っていれば...できます」というのは一般論ですので、当記事がそうなっているかどうかは別に議論するべき話です。また、断っているように、引用についてはここでは議論していません。
それと、表示が「著作権を主張するもの」であるとの指摘ですが、上記 Web サイトの掲載内容は記事の「元原稿」で、Wikipedia の記事そのものではないです。Wikipedia の記事には通常、「Copyright 云々」といった形式での著作権の表示はありませんが、Wikipedia 外の著作物に著作権の表示があることがなぜ問題になるのでしょうか。そもそも、著作権を主張する表示があってはいけないという理由がわかりません (逆に言うと、なかったらなぜいいのかもわからない)。もうすこし解説いただきたいです。--Hatukanezumi 2007年3月4日 (日) 21:41 (UTC)返信
付記: 参考文献 (あげられていないものもあるかも) からの転載があるかどうかを実地に検証することは容易ではないし、いますぐやらなくてもいい、という点では、Metatronさんとわたしは一致しているとおもいます。--Hatukanezumi 2007年3月5日 (月) 04:02 (UTC)返信

よしの祐子です。ご意見をありがとうございます。

おたずねいただいている、参考文献の著者からなんらかの許諾を得ているかどうかについては、基本的には、許諾を得ておりません。例外的に許諾を得たのは、著者が私の知人である場合だけです。 「参考文献 として掲載している」のは、それ等については許諾を得ていないから、という意味合いもあります。「使わせていだいています」と告知し、「異存があればお知らせを」(当方の勝手な言い分だということは、重々分かっています)、という意味合いです。

私のHPの場合、許諾を得ていないものから無断転載しているということになりますが、"著作権法に触れる"ことはない、と思っています。全てがきれぎれの部分からの転載であり、ただの1ページでも、丸ごと転載したというものはありません。きれぎれの部分からの転載であれば、少なくとも"著作権法に触れる"ことはないと思うのですが……。ひょっとしてひょっとすると問題になるかも知れない、著者の創作(オリジナル)部分、つまり「解説」ですが、少なくとも、Wikipediaに投稿した部分には含まれていません。このノートの「宣言文の扱い」に書かせていただいた通り(2007年3月5日 (月) 00:29 (UTC) )に、元原稿にあった「解説」部分は全部削りました。(その分、引用部分をどっと増やしたわけです。) 投稿した「年表」中にある、少量の「解説」は、転載ではなく全て私自身が記したものです。元原稿にあった「解説」部分を使おうとしても、Wikipediaの「中立的観点」などからみて、そのまま投稿することに少し不安がありましたので。

ずい分久しぶりに、"著作権"について考えたような気がします。この際、また、じっくり考えてみます。

「Copyright:よしの祐子:yuko_y@jca.apc.org All Rights Reserved.」の表示の件ですが、プロバイダに丸ごともっていかれそうな、びっくりするような経験をしたことがあったので、わざわざ、念のためにこれを記しましたが、Webページ上での著作権の主張は法的拘束力をもつものでもなく、大きな意味はありませんので、「GFDLと矛盾かどうか」に関係なく削ろうと思っております。

いろいろとありがとうございます。--よしの祐子 2007年3月5日 (月) 06:07 (UTC)返信

いいかげんうんざりなさっているとおもうのですいませんすいません、簡潔に申し上げます。異論のあるかたは、Wikipedia:コメント依頼などに議論場所を設定してお願いします。
  1. 元原稿のサイトの著作権表示を削除する必要はありません。むしろ残したほうがよいでしょう。
    1. Copyright 表示が法的な拘束力をもたないのは事実ですが、理由が逆です。日本の著作権法では、著作者が自分の意志で著作権を放棄することはできません (著作財産権を譲渡や委託することはできますが)。
    2. GFDLは著作権を放棄させる契約ではありません。まったく逆で、著作者の著作権を明確に認めることによって文書のフリーな配布と利用を実現しようとするものです。ましてや、Wikipedia外の著作物に対する著作権を主張することを禁止する契約ではありません
    3. 元原稿の記事とWikipediaの記事とは別の著作物です。また、両方ともよしの祐子さんが著作権を持ちますが、後者は編集に加わったほかの利用者との共同著作物になるという点だけがちがいます。
    4. 今後、GFDLを勘違いしたひとや団体による元原稿の不当な利用を防ぐために、元原稿の著作権表示は残しておいたほうがいいでしょう。
  2. いろいろな参考文献から事実を抽出して、自分なりに配列しなおし、自分の文章で記述なさったものは、転載や借用にあたりません。むしろ、Wikipediaの編集姿勢として奨励されることです。
  3. 引用が「量的」な基準を満たさなければならないとする解釈は、不正確です。著作権者側からの主張としてそのような見解が見られることは多いですが、裁判所の判例(個々の事件への判断ではなく)が量的な基準を定めたことはありません。あくまでも、質的な判断とセットです。
--Hatukanezumi 2007年3月5日 (月) 08:07 (UTC) 補筆 --Hatukanezumi 2007年3月5日 (月) 11:02 (UTC)返信
私は、ウィキペディアで実際に自著の持ち込みに関してどのような場合に削除が行われているかという実情をもとに、リスクが小さい方法を奨めさせていただいたまでです。どう判断されるかは投稿されたよしの祐子さんにゆだねます。私は著作権やGFDLについてはHatukanezumiさんとは異なる見解を持っており、かつ、Hatukanezumiさんのご意見に私の書き込みの趣旨を曲解した部分があることを非常に残念に思っていますが、ここはその議論にふさわしい場とは思えませんので、これ以上の議論は控えさせていただきます。 --Metatron 2007年3月6日 (火) 17:22 (UTC)返信

ご意見を本当にありがとうございます。> Hatukanezumiさん、Metatron さん

「いろいろな参考文献から事実を抽出して、自分なりに配列しなおし、自分の文章で記述なさったものは、転載や借用にあたりません。」 これでホッとしました。私が「きれぎれの部分からの転載」と表現したのは「〇年〇月〇日誰が何をした、又は、何が起こった」という部分であり、事実の抽出になります。この部分が著作者権法に触れるとは直感的に思わなかったのでこれに関しては問題ないと考えていたわけで、これをはっきり聞くと、やはりホッとします。問題は、多量ではないとはいえ、著者のオリジナル部分から転載した「解説」ですが、これは私のHPの問題であり、Wikipediaに投稿した部分には含まれておりません。従って、日本の女性史年表について、著作者権法上の問題に関してご心配いただく必要はない、と断言してもいいと思っております。
「裁判所の判例が量的な基準を定めたことはありません。」これは知りませんでした。ありがとうございました。--よしの祐子 2007年3月7日 (水) 06:19 (UTC)返信

宣言文等の扱い 編集

宣言文や抗議文なんかで50年以上前のものは、全文引用のかたちで記事に含めるのではなく、ウィキソースへ収録することにする、というのは可能でしょうか。全文引用があまりたくさんないのなら無理してやることはないかもしれませんが、その場合にも、将来「長すぎる」とかいう話になって要約されてしまうのはもったいないので。

ここの説明によると、団体名義の著作物は、原則として公表後50年経っていれば、単独の記事としてウィキソースに収録してもGFDLを満たすような気がします (ウィキペディアでは、満たしていても単なる文章を単独記事として収録できませんが)。

ご存じのかた教えてください。それとも、s:Wikisource:井戸端(仮)で確認してみたほうがいいかな? --Hatukanezumi 2007年3月1日 (木) 08:09 (UTC)返信

はじめまして。よしの祐子 です。
投稿記事中に「長い」宣言文を入れるのはどうか、と気にはしています。1951年の日本の女性史に、迷いながらも「長い」宣言文を入れたのは、記事内容を理解してもらうには、ここだけは削りたくたい、と思ったからです。しかし、将来「長すぎる」とかいう話になって要約されてしまうことも十分あり得ると思っていますが、それはそれで、多数の人が納得するのであれば、それで構わないと思っています。そうなれば、最初に書いた者としては残念という気持ちはありますが、しかたないと思います。
公表後50年経っていれば著作権法上の問題がなくなる、については、私としては慎重に考えております。確か、「公表後50年」ではなく「公表後80年」にすべし、という意見が著作権法「検討委員会(すみません、正式名を知りません)」で出ている(出ていた?)と聞いたことがあります。また、著作権法に触れない場合も、関係者が存命であれば、公表の可否について聞くのがマナーではあると思います(少なくとも、そう、主張する人はいます。)----しかし、こうなれば、何のための著作権法?と言いたくなりますが。--よしの祐子 2007年3月2日 (金) 06:04 (UTC)返信
うーん。たしかに「団体名義」かどうかの判断は微妙ですね。起草者のだれか(存命中の可能性はありますね)が名乗りでたら、収録をとりやめなければならないでしょう。とりあえず提案は撤回します。
なお、「引用をして語らしめる」というのは百科辞典とりわけWikipediaの流儀ではなく、説明を執筆することによって事実の記載がなされるべきです。そういう理由で、記載がほぼ全文引用のみからなっていることが問題とされる可能性はあるとおもいます。--Hatukanezumi 2007年3月3日 (土) 02:55 (UTC)返信

よしの祐子です。ここから挿入しました。

「公表後50年でなく80年」などと私から言い出したので、著作権法上の問題があるやの議論になってしまいましたが、
実は、日本の女性史年表に追加した宣言文は、その大半は『日本労働年鑑』(法政大学大原社会問題研究所)からの転載です。(こちらのトップページには、著作権の主張も転載などに関する注意もありませんので、使わせてもらいましたが、場合によっては、「転載させてもらってます」の連絡ぐらいした方が良いかな、という気持ちもありましたが、一方、Wikipediaのことだから、どう削除されるか分からない、とすれば、連絡したらおかしなことになる、どうしたものかな、と思っていたところです。)今ごろ言い出して申し訳ありません。言い訳になりますが、始めは、「著作権!」のことで心理的に混乱してしまったようで。 「宣言文」は実際にWeb上に掲載されているものなので、著作権法上の問題を神経質に考える必要はないようにも思えます。
ただ、今回の問題は、引用されている「宣言文」の著作権問題ではなく、「引用」そのものの問題だということも理解しました。引用文は必要最低限にするように、修正作業をするつもりです。

ここまで挿入しました。--よしの祐子 2007年3月7日 (水) 06:19 (UTC)返信

いろいろアドバイスを、ありがとうございます。
「記載がほぼ全文引用のみからなっていることが問題とされる可能性」は十分に考えられます。(他人事のような言い方ですみません。)「…(中略)…」を入れて、削ることを考えています。--よしの祐子 2007年3月4日 (日) 05:22 (UTC)返信
問題は「全文」を引用したことよりも、引用「のみ」であるという点にあるのではないかと思います。引用は、「質的にも量的にも、解説文(地の文)に対して従属的であること」が必要とされているので、宣言文等を単に抜き書きするだけでなく、それに質的にも量的にも充分な解説を付す必要があります。この点については、草案の段階ですが、Wikipedia:引用のガイドライン/草案をご一読ください。また、著作権を侵害しているおそれがある部分については、編集で削除するだけでは履歴に残り、その履歴が依然として著作権を侵害することになってしまいますので、その記載を含む版を削除する必要があります。これについてはWikipedia:削除の方針をご参照ください。いろいろと面倒な決まりごとや手続きがありますが、これにめげずウィキペディアの編集に引き続き参加していただくことを期待しております。(なお、ノート全体にわたって、読みやすくするためにインデントなどの体裁の編集を行わせていただきました。) --Metatron 2007年3月4日 (日) 07:02 (UTC)返信

Metatron さん はじめまして。コメントをありがとうございます。

「宣言文等を単に抜き書きするだけでなく、それに質的にも量的にも充分な解説を付す必要があります。」これについては、お聞きしたかったというか、私よしの祐子の考えを述べる機会があれば、と思っていたことでしたが、私の考えに問題があるのだということを、今、理解しました。

この年表を投稿する際、私自身で強く意識したことは、"解説を付けてはいけない。付けるべきではない"ということでした。Wikipediaの基本方針である"中立的である"ためにも、また、「年表」は本来、事実(事実の"選択"が問題だという点は措いておいて)の羅列であるべきだ。述べる者のイデオロギー(今や古いコトバですが)を当然として背景にもつ解釈である「解説」は、自分自身のHPならともかく、Wikipediaでは極力避けるべきだ、と自分自身に強く言い聞かせました。 しかし、「『引用をして語らしめる』というのは百科辞典とりわけWikipediaの流儀ではなく、説明を執筆することによって事実の記載がなされるべきです。」というHatukanezumi さんのコメントもいただきましたし、やっと、何が問題なのかが分かりました。正直言って、今、この早いうちに分かって良かった、というホッとした気持ちです。これまでに投稿した「年表」を全部見直し、問題部分を修正していくつもりです。また、Wikipedia:削除の方針も参照させていただきます。Hatukanezumi さん、Metatron さん 本当に貴重なアドバイスをありがとうございました。また、今後ともご指導をよろしくお願いいたします。  --よしの祐子 2007年3月5日 (月) 00:29 (UTC)返信

参考リンクの追記について 編集

下記のリンクを追記いたしました。大戦後の項であることは承知していますが、この参考リンクにより「大戦後に日本で初めて~ 」などの誤認識を防ぎたいからです。大戦後について正確に記述するためには、大戦前の情報もいくばくかは必要と考えました。--Album 2007年8月7日 (火) 14:12 (UTC)返信

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