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総武線の新聞輸送って終了していましたっけ? 本記事の1996年に終わったという話はクモユニ143だったかの「荷物電車」(車両)での運用のことで、その後旅客車両(113系)を使って運用していたと思うのですが。 消された記事のスタイルの不具合はともかくとして、そのへんを盛り込んで復活させるのは如何でしょうか?(私は最近の同地の事情には疎いので)sphl 2004年6月27日 (日) 10:30 (UTC)

「また、関西本線 名古屋ー亀山 間でも、一両の半分だけ、仕切った上で、新聞輸送を 行っていましたよ。  数年前に見ました。

紀勢本線の亀山からの新宮方面は、現在も有蓋貨車での新聞輸送を行っているようです。  数年前は見ました。  機関車と、ワムだったかな有蓋貨車を連結して、新宮方面のみ運行   逆は、空車であつたと思います。

最近、名古屋方面に行く機会がないので、名古屋近郊の方に聞いてください。」
とメモ書きのように書かれても困るのですが。Sat.K 2004年7月10日 (土) 10:13 (UTC)

紀勢本線亀山→新宮において有蓋貨車で新聞輸送を行っているというのは事実なのでしょうか? 鵜殿の紀州製紙から稲沢へ紙製品を輸送する貨物列車の見間違えではないでしょうか?現在ではその列車はコンテナ列車となっていますけど。この列車は紀勢線方面から名古屋方面への列車ですが、亀山を経由しますし。Biyajima 2006年1月22日 (日) 05:59 (UTC)

内房線・外房線 新聞輸送列車編集

本文の以下の箇所について、独自研究となっているようです。

「1996年11月30日までは両国駅で在京紙など7社分の夕刊約1.7トン分を搭載した荷物専用車(クモユニ143形)を千葉駅まで走らせ内房線・外房線列車の後部(千葉方)に連結して運行されていたが、同年12月1日のダイヤ改正以後は113系4両編成×2本(8両編成)の旅客列車の最後尾車両(千葉方)を「荷物専用・他の車両へご乗車ください」と書かれた緊締幕で締切って新聞搭載スペースとし(両国 - 千葉間での客扱いはなし)千葉駅始発の4両編成の列車に連結、8両になって運転されている。折り返しは緊締幕を外して通常の旅客列車となる[1][出典無効][2][出典無効]。」

出典1,2のいずれも、「1996年11月30日までは両国駅で在京紙など7社分の夕刊約1.7トン分を搭載した荷物専用車(クモユニ143形)を千葉駅まで走らせ内房線・外房線列車の後部(千葉方)に連結して運行されていたが・・・」といったことは述べられていません。

出典2『さらば新聞輸送列車 JR両国-千葉、12日で最後』 - 産経新聞 2010年3月6日 には 「・・・ホームには新聞の束を積んだ荷台が並んでいる。8両編成の4両目と8両目に、JR作業員が手際よく束を運び入れていく。在京紙など7紙の夕刊約1・7トン分。積み込みが終わるとドアには『荷物専用』のシートが張り出される。・・・」

とあり、これが1996年以前の出来事にされてしまったのではないでしょうか?--119.30.237.130 2011年1月2日 (日) 10:16 (UTC)

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