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歴史編集

モード家の歴史は古く17世紀後半まで遡ることができ、初代ハワーデン子爵の父ロバート・モードが1705年(ティペラリー州ダンドラムの)准男爵(Maude Baronetcy, of Dundrum in the County of Tipperary)に叙されたことに端を発する。 ロバートの死後はその長男トーマスが准男爵位を襲った。彼はアイルランド庶民院議員を務めたほかティペラリー州長官職等を歴任したのち、1776年にアイルランド貴族としてティペラリー州ハワーデンのド・モンタルト男爵(Baron de Montalt, of Hawarden in the County of Tipperary)に叙された。しかし彼には子がなかったためこの男爵位は一代で廃絶し、弟が第3代准男爵の地位を承継した。


第3代准男爵コーンウォリスはロスコモン選挙区選出のアイルランド庶民院議員を務めたのち、1785年ティペラリー州ハワーデンのド・モンタルト男爵(Baron de Montalt, of Hawarden in the County of Tipperary)に叙された。ついで1793年にはハワーデン子爵(Viscount Hawarden)を叙爵された。


さらに初代子爵のひ孫にあたる4代子爵コーンウォリスはダービーディズレーリ及びソールズベリー内閣で貴族院与党院内幹事(government whip in the House of Lords)を長きにわたり務めたのち、1886年ティペラリー州ダンドラムのド・モンタルト伯爵(Earl de Montalt, of Dundrum in the County of Tipperary,)に叙された。しかし彼には子がなかったため、彼の死とともに伯爵位は廃絶した。その一方で初代子爵の次男の子孫にあたるロバート・ヘンリー・モードが4代子爵位を承継した。

その後、4代子爵の孫にあたる6代子爵ロバートがコールドストリームズ連隊付将校として第一次世界大戦に従軍し、西部戦線で戦死したため[1]、6代子爵のいとこがその爵位を襲った。

その後は7代子爵の系統で現在に至っている。

一族の邸宅はケント州エディシャム近郊のグレート・ボシントン・ファーム。なおティペラリー州カッシェルにあるダンドラム・ハウスは子爵家の旧邸宅であった。

現当主の保有爵位/准男爵位編集

現当主である第9代ハワーデン子爵ロバート・コナン・ウィンダム・レズリー・モードは以下の爵位を保有している。[2]

  • 第9代ハワーデン子爵(9th Viscount Hawarden)
    (1793年12月5日の勅許状によるアイルランド貴族爵位)
  • 第9代ティペラリー州ハワーデンのド・モンタルト男爵(9thBaron de Montalt, of Hawarden in the County of Tipperary)
    (1785年6月29日の勅許状によるアイルランド貴族爵位)
  • 第11代(ティペラリー州ダンドラムの)准男爵(11th Maude Baronetcy, of Dundrum in the County of Tipperary)
    (1705年5月9日の勅許状によるアイルランド准男爵位)

一覧編集

(ダンドラムの)モード准男爵(1705)編集

ド・モンタルト男爵(1777)編集

(ダンドラムの)モード准男爵(1705)編集

ハワーデン子爵 (1793)編集

ド・モンタルト伯爵 (1886)編集

ハワーデン子爵 (1793; 復活)編集

参考文献編集

  • Kidd, Charles, Williamson, David (editors). Debrett's Peerage and Baronetage (1990 edition). New York: St Martin's Press, 1990.

脚注編集

  1. ^ "Viscount Hawarden among those killed in battle". New York Tribune. 1914-09-03. p. 3. Retrieved 2011-12-11.
  2. ^ http://www.cracroftspeerage.co.uk/online/content/hawarden1793.htm