バフト・ハーン(Bakht Khan, 1797年 - 1859年)は、インド大反乱における総大将だった人物。

バフト・ハーンの像

生涯 編集

1797年11月、バフト・ハーンはビジュノールに生まれた。彼はローヒラー族の族長ナジーブ・ハーンの一族でもあった。

1857年5月インド大反乱が勃発すると、イギリス東インド会社シパーヒーだったバフト・ハーンも反乱に立ち上がった。そして、7月1日デリーに到着し、反乱軍の総大将となった。

だが、9月14日にデリーの総攻撃が始まり、皇帝バハードゥル・シャー2世が降伏しようとすると、バフト・ハーンは交戦を嘆願したが受け入れられず、結局20日に皇帝は降伏した。

その後、デリーを脱出したバフト・ハーンはラクナウへと向かい、そこの反乱軍とともにイギリスと戦い、1858年3月に同地が陥落したのちは各地を転戦した。

1859年、バフト・ハーンはイギリスとの戦闘中に重傷を負い、それが原因で死亡した。

関連項目 編集