バルバラ・ブロムベルク

バルバラ・ブロムベルク(Barbara Blomberg:1527年 - 1597年12月18日)は、神聖ローマ皇帝カール5世(兼スペイン王カルロス1世)の愛人で、ドン・フアン・デ・アウストリアの母。

バルバラとカール5世(1894年の版画)

生涯 編集

出自は貴族の令嬢から、商人・職人の娘と様々に言われ、はっきりしていない。先祖はニーダーバイエルンの住人とされている

カール5世の寵愛を受け、1547年にジェロニモ(ドン・フアンの幼名)を出産したと推定される(日時場所とも不明)。ジェロニモはその後カールの配慮もあり、養父母のもとで育つ。以後バルバラは実の息子にほとんど関心を示ささず、爛れた生活を送る。

後にドン・フアンがレパント海戦をはじめ数々の武名を馳せるようになると、バルバラはむしろ多額の年金を要求するようになり、思い通りにならなければ、ドン・フアンは皇帝の息子でないと言い出す始末であった。なおドン・フアンはカール5世には似ておらず、結局のところ彼の父は不明である。

ドン・フアンの死後はスペインの聖セブリアン・マソーテ修道院で余生を送り、1597年に70歳で死去。遺骸はモンテ・テ・アノ修道院の聖セバスティアン教会に埋葬された。

関連 編集