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フランツ・カール・フォン・エスターライヒ

生涯編集

1802年12月7日、フランツ・カールはフランツ2世とその2人目の妃であったマリア・テレジアの間に第9子としてウィーンで生まれた。

政治的野心とは無縁の人物で、長兄フェルディナント1世1848年に退位した際は帝位継承権第1位であったにもかかわらず即位を辞退し、長男のフランツ・ヨーゼフに帝位を譲っている。一方文化活動には熱心で、リンツにあるオーバーエスターライヒ州立博物館の "Francisco-Carolinum" は支援者であった彼を記念して名付けられたものである。

フランツ・カールは兄や長男には及ばないものの長命で、1878年3月8日にウィーンにおいて75歳で死去した。遺骨はウィーン・カプツィーナー教会皇帝納骨堂(カイザーグルフト)に収められている。

子女編集

 
1860年ころのフランツ・カールの息子たちの写真。左から順にカール・ルートヴィヒフランツ・ヨーゼフ1世マクシミリアンルートヴィヒ・ヴィクトル

フランツ・カールはバイエルン王マクシミリアン1世の王女ゾフィー1824年11月4日ウィーンで結婚した。彼女との間には以下の四男一女をもうけた。