フロリナート

3Mによって販売される電子機器に対する冷却材の製品群に付けられた商標
Cray-2(1985年)。C字型の本体が丸ごとフロリナートの水槽になっている

フロリナート(英:Fluorinert)は、3Mによって販売される電子機器の冷却材の製品群の商標である。日本ではスリーエムジャパン(旧・住友スリーエム)社が製造・販売している。

概要編集

絶縁体によって安定したフルオロカーボンを基にした液体であり、主に電子機器の冷却など多様な冷却用途に使用される。異なる分子構造により、用途に応じて多様な沸点で利用が可能となっている。液体での用途を企図した単相での利用法か、液体の蒸発時の気化潜熱を利用する二相での利用法がある。

3Mの化合物の一例としてFC-72(ペルフルオロカーボン、C6F14)がある。ペルフルオロカーボンは沸点が56 °C (133 °F)なので、低温での伝熱用途に使用される。もう1つの例ではFC-75、ペルフルオロ(2-ブチル-テトラヒドロフロン)がある。これらの3Mの液体は、FC-70(ペルフルオロトリペンチルアミン)のように215 °C (419 °F)までの温度で扱える[1]

日本で「代替フロン等3ガス」と呼ばれ、排出が規制される温室効果ガスの一つであるペルフルオロカーボン(PFC)を利用した製品であり、極めて高い地球温暖化係数を持つ。フロリナートはオゾン破壊係数がゼロであるため、1987年発効のモントリオール議定書でフロン類が規制された後、フロンの代替として洗浄剤や溶剤として推奨された時代もあったが、2005年発効の京都議定書で批准国に温室効果ガスの排出量の削減が義務付けられたため、環境中に排出されることが好ましくなく、開放系(特に洗浄用途)での使用は現在では推奨されていない。1996年にハイドロフルオロエーテル(HFE)系の「ノベック™」が上市された後、スリーエム社としても環境への配慮から「ノベック」の利用を推奨していることもあり、少なくとも日本では、代替が困難な用途を除いてほとんど使われなくなった[2]

冷却用途としては、特にCray-2を始めとするサーバーやスパコンの浸漬液冷に使われることで有名である。絶縁性が高いため、筐体を水槽にしてシステムごと漬けることができる。

同じくフッ素系であるソルベイ社の「ガルデン」が競合製品となる。

スパコンでの利用編集

スーパーコンピュータの冷却用として、空冷では不十分な状況や、強制的なポンプでの送風が制限される状況下で使用されることで知られる。1980年代に開発されたスパコンでよく使われ、特に1985年に発売されたCray-2は、フロリナートによる浸漬液冷が史上初めて本格的に利用されたスパコンとして、ハードウェア一式がフロリナートに満たされた水槽の中に沈んでいる公開写真のインパクトでも話題となった。1980年代当時にスパコン用のLSIとして使われていたECLが非常に発熱量が多かったのも一因である。

しかし、フロリナートの水槽に漬けられるのはプリント基板のみで、HDDやファンなどの物理的に稼働する部品が有るものは浸けられない、また一部のプラスチック部品もフロリナートに溶けてしまうので漬けられない、という点に加えて、フロリナートの価格の高さ、誤って吸入した際の人体への毒性(フロリナート自体の安全性は高いと考えられているが、200度以上に加熱された場合にペルフルオロイソブテンフッ化水素が発生する恐れがある)、開放式システムの場合はフロリナートが蒸発して減っていく、などの運用の難しさと(フロリナートが蒸発しない密閉式も存在するが、保守が面倒になる)、極めて高い温暖化効果を持ち地球環境に悪影響を与えることなどから、1990年代以降にスパコン用LSIの主流がECLと比べて発熱量が少ないCMOSになるに従い、ファンを使った空冷が再び主流となった。

スパコンの浸漬液冷用の冷却材としては、フロリナートの代わりに安価で安全性も高い鉱油(車のエンジンオイルなどに使われる物と同種のもの)を使った物も存在するが、フロリナートは鉱油と違って粘性が少なく、保守がしやすいことと(フロリナートは水槽から引き揚げた際にパーツから大部分が流れ落ち、微量に残った分のみを蒸発させればいいのに対して、鉱油の場合はパーツのべたべたを除去するのがとても面倒)、Cray-2以来の実績から、フロリナートはその後も浸漬液冷の主流となっている。

ノベックとの比較編集

スリーエム社はフロリナートの代替として、フロリナートと特性がほとんど同じで、なおかつフロリナートよりも地球温暖化係数が大幅に低いノベックを推奨しており、スパコンやサーバーの冷却用途としてノベックを用いたシステムもある。

冷媒としてフロンやフロリナートなどの代替フロンを使用する場合は、環境に放出されないように強い制限があるのに対し、ノベックはEPA(米国環境保護局)の定める特定フロン代替物リスト(SNAP リスト)の洗浄・冷媒分野でAcceptable(制限なしに利用可)に指定されており、「グリーン調達」だと言う利点がある[3]。企業が調達を「グリーン調達」とすることは、日本の環境省も強く推奨している。

しかし、ノベックはフロリナートよりも沸点が低いという欠点がある。例えば、熱媒体として使用されるノベック649の沸点が約49度なのに対し、フロリナートFC43の沸点は約174度であるため、スパコン・サーバーを冷却する用途に使用した場合、CPUの周りでノベックが沸騰してすごい勢いで蒸発するため、沸騰式冷却システムとならざるを得ない。すなわち、ノベックを密閉し、なおかつ気化したノベックを冷却して液相に戻す装置が必要になり、システムが大掛かりになって取り回しが面倒である。

一方フロリナートを使用した場合、液相のままで循環させて冷却する循環式冷却システムとすることができる。また、システムを開放式にすることによってフロリナートが少しづつ蒸発して減る分を無視できると考えた場合、密閉式ではなく開放式冷却システムとすることができ、取り回しが楽である。フロリナートで満たされた筐体のふたを開け閉めする際の環境負荷や、フッ化有機物に手を突っ込む危険性を無視できると考えた場合、ふたを開けてパーツをすぐに引き上げたりできる利点がある。

なお2015年6月には、Green500でフロリナートを冷媒とするスーパーコンピュータが1位から3位までを独占した[4][5]が、これは消費電力が低い「省エネ」と言う意味であって、必ずしも環境負荷が低いという意味ではない。

毒性編集

吸入した場合に適切な処置を施したり、目や皮膚への接触を避けなければ危険である場合があるが、摂取による健康への影響は予想されていない[6]

非常に高い地球温暖化係数(GWP1,000を超え10,000に迫る水準)と長期間大気圏に残留するので、フロリナート油の使用は閉鎖されたシステムで少ない量を使用すべきである[7]

SF映画『アビス』(1989年)では、実験的な液体呼吸システムで高酸素濃度のフロリナートを使用することにより、潜水者の深海潜水を可能にして俳優のエド・ハリスが液体呼吸を模擬する場面が描かれた。なお、複数の実験用ネズミが実際にフロリナートによって呼吸する場面もあるが、イギリスでは動物虐待との判断から削除されている。

関連項目編集

出典編集

外部リンク編集