ブラッドフォード・アンド・フォスター・ブルック鉄道

かつてアメリカ合衆国・ブラッドフォードにあったモノレール

ブラッドフォード&フォスター・ブルック鉄道(ブラッドフォードアンドフォスターブルックてつどう、: Bradford & Foster Brook Railway[1]は、かつてアメリカ合衆国ペンシルベニア州にあった、最初とまではいかないモノレールの一つである。

ブラッドフォード・アンド・フォスター・ブルック鉄道
Bradford and Foster Brook Railway
Peg Leg Railroad, Quit Business 1880, Bradford, PA.jpg
ブラッドフォード&フォスター・ブルック・モノレール(1880年)
概要
種別 モノレール
現況 解体撤去
所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ペンシルベニア州マッキーン郡
起終点 ペンシルベニア州ブラッドフォード英語版(西)
ペンシルベニア州マッキーン郡フォスター・タウンシップ英語版(東)
運営
開業 1878年英語版1月
廃止 1879年英語版1月
運営者 ブラッドフォード&フォスターブルック鉄道公社
路線構造 勾配なしの高架
路線諸元
路線総延長 5 mi (8.0 km)
運行速度 30 mph (48.3 km/h)
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ロイ・ストーン大佐は、1876年フィラデルフィア百周年記念博覧会でのセンテニアル・モノレールのデモンストレーション運転に影響を受け、それがブラッドフォード英語版近くの輸送問題を解消できると考えた。 1876年のブラッドフォードは、配達を待っている機械および石油の供給の価値が数千ドルとなる、急成長している油田の町であった。 非常に泥だらけの道路状況のため、油田への配達が遅れていた。 鉄道会社が設立されたとき、鉄道の建設が1877年10月31日には既に開始されていた。

当鉄道は、一連の杭が地面に打ち込まれており、12インチの角材によって繋がっているその上に、1本のレールが設置されていた。 正確にはレール頭から3フィート下には、両側に横梁があった。 この横梁は、鉄道車両がバランスをとるために車輪が押し付けられたとき、摩耗によるすり減りが生じていた。 道路の横断では、フェンス門のように開閉器として動作していた。

当鉄道のために、様々なエンジンが造られていた。 最初のエンジンは、ツイン・ボイラーを備えており、レールに低く乗っていた。 そのエンジンだと磨耗が激しいため、より一般的なシングル・ボイラー設計の重いエンジンへと取り替えられた。 このエンジンには駆動系が2つあり、レールに重くのしかかっており、当鉄道に沿ったその4回目の往復移動を経て壊れてしまった。 この事故では誰も怪我をしなかったが、数人の人々が彼らの尊厳に対して、若干の危険を伴うこの流れから引き上げさせる必要があった。 そのエンジンが、動作し続けられていたかどうかは不明だが、翌年の初めには、再度ツイン・ボイラーを使用した、3台目の機関車が造られていた。

この3台目の機関車では、中古ボイラーを備えていた。 彼らはこれらの仕様を試験したが、このエンジンの試運転にて、ボイラー1台が空焚きとなり、未熟な消防士によって大量の水が注入されたとき、過剰に発生した蒸気がそのボイラーを爆発させる原因となり、6名が死亡し、そして当鉄道に終止符を打つ結果となった。

脚注編集

  1. ^ Kilmer, Lawrence W.. Bradford & Foster Brook, Peg Leg Railroad. pp. 36 

外部リンク編集