ベアトリス・デ・ポルトゥガル (1347-1381)

ベアトリス・デ・ポルトゥガル(ポルトガル語:Beatriz de Portugal, 1347年ごろ - 1381年7月5日)は、ポルトガル王女で、カスティーリャのアルブルケルケ伯サンチョ・アルフォンソの妃。

ベアトリス・デ・ポルトゥガル
Beatriz de Portugal
Beatriz de Portugal, Condessa de Alburquerque - The Portuguese Genealogy (Genealogia dos Reis de Portugal).png

出生 1347年ごろ
PortugueseFlag1248.svg ポルトガル王国コインブラ
死去 1381年7月5日
Flag of Castile.svg カスティーリャ王国、レデスマ
配偶者 アルブルケルケ伯サンチョ・アルフォンソ
子女 フェルナンド・サンチェス
レオノール
家名 ブルゴーニュ家
父親 ポルトガル王ペドロ1世
母親 イネス・デ・カストロ
宗教 キリスト教カトリック
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生涯編集

ベアトリスは後にポルトガル王となるペドロ1世イネス・デ・カストロの間の庶子として1347年ごろに生まれた。1354年に両親は秘密結婚をしたが、翌1355年にペドロ1世の父ポルトガル王アフォンソ4世の命により母イネスは殺害された。1361年、ベアトリスは父ペドロ1世により嫡出子とされた。

ベアトリスの異母兄フェルナンド1世1367年にポルトガル王位を継承し、1372年から1373年にかけてカスティーリャ王エンリケ2世と2度目の戦争を行った。最終的にフェルナンド1世はサンタレン条約を結ばざるを得なくなり(1373年3月19日)、その条約にはベアトリスとエンリケ2世の弟である初代アルブルケルケ伯サンチョ・アルフォンソとの結婚が含まれていた。1373年に2人は結婚し、以下の子女が生まれた。

ベアトリスの夫サンチョ・アルフォンソは1374年2月19日に死去した。その5年後の1379年、ポルトガル王妃レオノール・テレスの陰謀のために同母弟ジョアンがカスティーリャに亡命したとき、ジョアンに同行した。ベアトリスは1381年にレデスマで死去した。

参考文献編集

  • Beatrice of Portugal (c. 1347–1381). In: Anne Commire (ed.): Women in World History, Vol. 2 (1999), p. 307.