モンティ内閣(モンティないかく、イタリア語: Governo Monti)は、イタリアの第61代内閣首相(閣僚評議会議長)マリオ・モンティ(第82代)。

モンティ内閣
イタリア共和国 第61代内閣
成立年月日2011年11月16日
終了年月日2013年4月28日
組織
元首ジョルジョ・ナポリターノ
首相マリオ・モンティ
総閣僚数19
与党無所属
野党自由の人民
野党党首シルヴィオ・ベルルスコーニ
詳細
終了直前の選挙2013年イタリア総選挙
議会任期第116回議会
前内閣第4次ベルルスコーニ内閣
次内閣レッタ内閣

概要

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在任期間は529日間。

沿革

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2011年11月8日、代議院(下院)で2010年決算の採決があり、賛成308・棄権1・無投票321で承認されたものの、与党・中道右派勢力は下院で過半数を割り込んだことが明らかとなった。また、欧州金融危機がイタリア国内に波及しイタリア国債の下落が続き、信用不安が拡大した。

この結果、シルヴィオ・ベルルスコーニは予算成立後に総辞職することを決定した。11月11日に元老院(上院)が、12日に下院が予算を可決し、ベルルスコーニは大統領のジョルジョ・ナポリターノに辞表を提出した。13日にはナポリターノは上下両院議長、議会各党代表者と会談し経済学者のマリオ・モンティに組閣を要請した。

モンティ内閣は11月16日に発足し国会議員や政党幹部が入閣しない「非政治家内閣」となった。翌17日、で賛成281票、反対25票、18日は下院で賛成556票、反対61票で信任された[1]

人事

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閣僚

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※モンティ首相のみ日本語記事にリンク。

職名[2] 氏名 在任期間 所属党派
閣僚評議会議長
(首相)
  マリオ・モンティ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
外相   ジュリオ・テルツィ・ディ・サンターガタ 2011年11月16日 - 2013年3月26日[3]  無所属
  マリオ・モンティ 2013年3月26日 - 2013年4月28日 無所属
内相   アンナ・マリア・カンチェッリエーリ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
経済財政相   マリオ・モンティ 2011年11月16日 - 2012年7月11日 無所属
  ヴィットリオ・グリッリ 2012年7月11日 - 2013年4月28日 無所属
国防相   ジャン・パオロ・ディ・パオラ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
司法相   パオラ・セヴェリーノ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
経済開発相
インフラ整備交通相
  コッラード・パッセラ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
労働社会政策相   エルザ・フォルネーロ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
農林食品政策相   マリオ・カターニア 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
教育大学研究相   フランチェスコ・プロフーモ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
保健相   レナート・バルドゥッツィ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
環境相   コッラード・クリーニ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
文化観光相   ロレンツォ・オルナーギ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
無任所相
(欧州関係担当)
  エンツォ・モアヴェーロ・ミラネージ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
無任所相
(地域連携担当)
  ファブリツィオ・バルカ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
無任所相
(議会関係・政策実施担当)
  ピエロ・ジャルダ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
無任所相
(観光・スポーツ・地方関係担当)
  ピエロ・ニューディ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
無任所相
(国際協力・統合担当)
  アンドレア・リッカルディ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属
無任所相
(行政改革担当)
  フィリッポ・パトローニ・グリッフィ 2011年11月16日 - 2013年4月28日 無所属

脚注

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外部リンク

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