ヤロポルク・ユーリエヴィチ

ヤロポルク・ユーリエヴィチロシア語: Ярополк Юрьевич、生没年不明)は、1190年にピンスク公だった人物である[1]トゥーロフ公ユーリーアンナの子。

ヤロポルク・ユーリエヴィチ
Ярополк Юрьевич
ピンスク公
在位 1190年頃 - 1204年?

出生 12世紀
家名 リューリク家
父親 トゥーロフ・ピンスク公ユーリー・ヤロスラヴィチ
母親 アンナ・フセヴォロドヴナ
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1190年にオーヴルチ公リューリクがリトアニアへの遠征途上でピンスクに立ち寄った際に結婚式を挙げた、という記述が残されている。ただしその妻や子に関する詳細は不明である。

出典編集

  1. ^ Войтович Л. В. 3.5. ІЗЯСЛАВИЧІ. ТУРОВО-ПІНСЬКІ КНЯЗІ. ЧЕТВЕРТИНСЬКІ. СОКОЛЬСЬКІ // КНЯЗІВСЬКІ ДИНАСТІЇ СХІДНОЇ ЄВРОПИ
先代
ヤロスラフ
ピンスク公
1190年頃 - 1204年?
次代
ウラジーミル