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ヨゼフ・ケーニヒ:Josef König、1875年 - 1932年12月5日)は、プラハ出身の指揮者ヴァイオリン奏者。近衛秀麿とともに、新交響楽団(現在のNHK交響楽団の前身)の指揮者を務めた。

ヨゼフ・ケーニヒ
生誕 1875年????
出身地 Flag of Austria-Hungary (1869-1918).svg オーストリア=ハンガリー帝国プラハ
死没 (1932-12-05) 1932年12月5日(57歳没)
学歴 プラハ音楽院
ジャンル クラシック音楽
職業 ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン

目次

出生から1926年まで編集

新交響楽団常任指揮者として編集

近衛秀麿が設立した新交響楽団の指揮者として、1927年4月から1929年4月まで在任した。在任時は、近衛が定期公演の指揮、ケーニヒがラジオ放送の指揮を主に担当した。

在任期間中は、楽団員を徹底的に鍛え上げ、現在のNHK交響楽団へ通じる高い演奏水準まで引き上げるとともに、スメタナ交響詩モルダウ』やラヴェルの『スペイン狂詩曲』、ベートーヴェン交響曲第9番のプロ団体による日本初演を手がけた。

新交響楽団退任後編集

1929年5月、東京市芝区三田南寺町の自宅で派出婦に「たわむれた」ところ、ケーニヒの内妻である日本人女性がこれに嫉妬し、派出婦会長を面罵したため、憤慨した派出婦会長が会の名誉のためにケーニヒを告訴[1]。この事件が「不良外人跋扈」と新聞に大きく書き立てられ[2]、日本政府から強制退去処分を受け、同年6月30日に日本から出国。満州国ハルビン交響楽団の指揮者となった。

出典編集

  • 『王道楽土の交響楽』岩野裕一著、音楽之友社 ISBN 978-4276211247
  • [鷲見三郎メモリアルソサエティ編纂のヨゼフ・ケーニヒ関連資料]

脚注編集

  1. ^ 「フィルハーモニー」1929年8月号 白濱辰三「何がケーニヒ氏を帰国せしめたか。ケーニヒ氏帰国問題の真相」
  2. ^ 大野芳「近衛秀麿」p.171


先代:
-
新交響楽団指揮者
1927年 - 1929年
次代:
ニコライ・シフェルブラット