ヨルバルス

ヤルカンド・ハン国のハン

ヨルバルス(中国語: 尭楽巴斯、生年不詳 - 1670年[1])は、今の中国西北部新疆ウイグル自治区にあったヤルカンド・ハン国の第12代ハン[2]

概要 編集

第11代ハンのアブドゥッラーの子供[1]カシュガルの総督だった。

白山党中国語版の支援を受けて挙兵しヤルカンドへ攻め込むと、第11代ハンのアブドゥッラーはハン位を放棄し逃亡、1668年に第12代ハンに即位した[1]。即位後は白山党と対立する黒山党中国語版を激しく弾圧した[1]。黒山党はアクスでヨルバルスの叔父のイスマーイールを担ぎ出して、ヤルカンドに攻め込んできたが、ヨルバルスはジュンガルの支援を得てこれを一旦は撃退した。しかし、その後も黒山党は抵抗は続け、ジュンガルのセンゲ英語版とも連携、1670年、ヨルバルスは殺害されるに至った[1]

ハン在位は1668年から1670年[2]。先代はアブドゥッラー、次代はアブドゥッラティーフ[2]

脚注 編集

  1. ^ a b c d e 丸山鋼二 2014, p. 54.
  2. ^ a b c 丸山鋼二 2014, p. 50.

参考文献 編集

  • 丸山鋼二「ヤルカンド・ハン朝の建国と「聖戦」: 新疆イスラム教小史⑦」『文教大学国際学部紀要』第24巻第2号、文教大学、2014年1月1日、47-64頁、CRID 1050001338027025664ISSN 0917-3072NAID 120006420345