ルイ・ル・ヴォー

フランスの建築家

ルイ・ル・ヴォー(Louis Le Vau、1612年 - 1670年10月11日)は、フランス建築家

ルイ・ル・ヴォー
Louis Le Vau - Devêche 1981 p3.jpg
生誕フランスの旗 フランス、パリ
死没フランスの旗 フランス、パリ
職業建築家

生涯編集

1612年にフランスのパリで生まれた[1]。弟も建築家であり、石工だった父のもとで建築技法を学ぶ。一家で、様々な建築プロジェクトに関わった[2]

1654年に宮廷の建築家に召し抱えられた。ルイ14世のもとで活躍。ヴァンセンヌ城の改築を手掛け甦りさせた。その後は王室建築総監に任じられた。大蔵卿ニコラ・フーケが自分の地所にヴォー=ル=ヴィコント城を建設した時にルヴォーも雇われた。同時に雇われた、画家のシャルル・ルブラン、造園家のアンドレ・ル・ノートルも、ルヴォーとともにヴェルサイユ宮殿の建設にも採用された。 1670年にパリで死去。

フランス・バロック様式の建築が専門で、パリサン=ルイ島のオテル・ランベールをはじめとしてヴォー=ル=ヴィコント城館、パリ大学学寮コレージュ・デ・キャトル・ナシオン、大トリアノン宮殿、ローザン邸 、テュイルリー宮殿の建築に関与した。

作品編集

脚注編集

外部リンク編集