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ルクヌッディーン・イブラーヒーム

ルクヌッディーン・イブラーヒーム(Ruknuddin Ibrahim, 生没年不詳)は、北インドを支配したデリー・スルターン朝ハルジー朝の第2代君主(数えない場合もある)(在位:1296年)。初代君主ジャラールッディーン・ハルジーの息子。

ルクヌッディーン・イブラーヒーム
ハルジー朝第2代君主
在位 1296年

王朝 ハルジー朝
父親 ジャラールッディーン・ハルジー
母親 マリカ・イ・ジャハーン
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目次

生涯編集

1296年に父がアラー・ウッディーン・ハルジーに殺害されると、かねてからアラー・ウッディーンと対立していた妃のマリカ・イ・ジャハーンは末子のルクヌッディーン・イブラーヒームを即位させようとした[1]

しかし、有能なムルターン総督であったアルカリ・ハーンをはじめ、貴族やアミールらは誰ひとりとして、イブラーヒームの即位を認めなかった[2]

窮したマリカ・イ・ジャハーンはアルカリ・ハーンをデリーに呼んでイブラーヒームの支持を懇願したが、その前にアラー・ウッディーンによってデリーを攻略された[3]

イブラーヒームは廃されたのち、アルカリ・ハーンと共に盲目にされ、廃された[4]。マリカ・イ・ジャハーンは城内に軟禁され、アラー・ウッディーンが第3代君主となった。

脚注編集

  1. ^ ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.127
  2. ^ ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.127
  3. ^ ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.127
  4. ^ ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.127

参考文献編集

  • フランシス・ロビンソン; 月森左知訳 『ムガル皇帝歴代誌 インド、イラン、中央アジアのイスラーム諸王国の興亡(1206年 - 1925年)』 創元社、2009年。 

関連項目編集