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ロバート・エドウィン・ピアリー(Robert Edwin Peary, 1856年5月6日 - 1920年2月20日)は、アメリカ探検家ペンシルベニア州クレソン出身。

ロバート・エドウィン・ピアリー
RobertPeary.jpg
生誕 1856年5月6日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ペンシルベニア州クレソン
死没 (1920-02-20) 1920年2月20日(63歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ワシントンD.C.
職業 探検家

西洋人として最初に北極点に到達したとされているが、探検の後援者には当時のナショナルジオグラフィック社などの実力者が多く当時のマスコミをおさえての喧伝といわれる。

この探検から帰還後、元の仲間であるフレデリック・クックが「自分は、1908年4月21日に既に北極点に到達していた」と主張した。調査委員会が設けられたが、結局クックの訴えは退けられ、詐欺罪で収監となり、ピアリーが最初の北極点到達者と認定された。現在では、ピアリーが証人を買収したことがわかっているが、実際にクックは北極点の数百km手前までしか到達していなかったようである。

また、後の詳しい測量により、ピアリーらが北極点だとしていた点は正確には北緯89度57分(北極点から約6kmの地点)であったことが分かっている。また、ナビゲーションの技術を持つ者がいなかったにもかかわらず、旅程が不自然に順調であることなどから、到達そのものを疑問視する説もある。

鉄精錬技術を持たないグリーンランドのイヌイットが鉄を利用している謎が、ピアリーの調査で判明した。イヌイット族は1万年前に落下したと推測される、56トンもの巨大な隕鉄を利用していたのである。ピアリーはこの一部をアメリカへ持ち帰り、博物館に4万ドル (5万ドルとも) で売却した。

脚注編集

  1. ^ Medals and Awards, Gold Medal Recipients (PDF)”. Royal Geographical Society. 2016年11月25日閲覧。