ロンドン・アンド・ブライトン鉄道

ロンドン・アンド・ブライトン鉄道英語: London and Brighton Railway、略称: L&BR)は、1837年に設立されたイギリス鉄道会社ロンドン・アンド・クロイドン鉄道と連絡するノーウッド英語版からイギリス南部のブライトンまでを結ぶ本線と、ブライトンからショアハム=バイ=シーに至る支線を建設し、運行した。

ロンドン・アンド・ブライトン鉄道
London and Brighton Railway
合併先 ロンドン・ブライトン・アンド・サウス・コースト鉄道
設立 1837年
設立地 イギリスの旗 イギリス
本部 イギリスの旗 イギリス
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1840年におけるイングランド南東部の路線図

設立の背景編集

19世紀前半の摂政時代からナポレオン戦争後の時代、ブライトンはリゾート地として急速に成長し毎年10万人以上の人々が馬車で移動していた[1]

1823年、実業家のウィリアム・ジェームズ英語版はロンドンとイングランド南部のショアハムロチェスターポーツマスを鉄道で結ぶ構想を提案した[2]が、当時の人々はこれを無視した[3]。その2年後の1825年にもサリー・サセックス・ハンツ・ウィッツ・アンド・サマセット鉄道がジョン・レニーを雇ってブライトンまでの鉄道敷設を検討したが、これも不発に終わった[4]

1829年、ジョン・レニーはブライトンまでの鉄道ルート候補2つを調査することになった。1つ目はドーキング英語版ホーシャム、そしてショアハムを経由する案で、もう1つはレニー自身が考えたヘイワーズ・ヒースを経由する案である[5]。しかし、いずれの案もイギリス議会からの支援を得られず廃案となった。

しかし、これらの構想は1835年に復活し、翌年には以下の6候補が提示された[6]

6案を精査した結果、最終的には直線的が建設費の高いレニー案と遠回りだが建設費を抑えられるステフェンソン案の一騎打ちとなった。それぞれの案に誘致合戦が行われ、1836年には庶民院で一度はステフェンソン案が承認されたが、後に貴族院がそれを拒否した。仲裁のために院内委員会が設置され、議論ののちにレニー案が推薦された。しかし、委員会に所属する議員からはクロイドン - レッドヒル間をサウス・イースタン鉄道と共有すべきだという主張がなされた。

最終的にはノーウッドでクロイドン鉄道と連絡し、以南のブライトンまでは新線を建設することとなった。また、ルイスショアハム方面への支線の建設も決められた。1837年7月に根拠となる法律が議会を通過し、240万ポンドが建設資金として拠出されることになった。

建設工事編集

ロンドン・アンド・クロイドン鉄道の路線はロンドン・ブリッジ駅からウェスト・クロイドンまでが1839年に開業した。ブライトンまでの延伸工事はジョン・ラストリックが担当し、1838年標準軌で敷設が始まった。

線路敷設に伴い、5つのトンネルが掘られた。

ブライトン駅 - ショアハム駅間の支線は1840年5月に完成した。

本線は1841年7月にヘイワーズ・ヒース駅までが開業し、9月にブライトン駅までの全線が開業した。

ルイス駅までの支線建設自体は1837年に決められたが、工事は1844年から3年間をかけて別会社のブライトン・ルイス・アンド・ヘイスティングス鉄道が担当した。

駅舎・車庫の建設編集

駅舎の設計にはデイヴィッド・モカッタが起用され、ロンドン・ブリッジ駅からブライトン駅までの計9駅を設計した。さらに1840年にブライトン駅、翌年にホーリー駅に車庫が建設された。

統合編集

1846年7月、ロンドン・アンド・クロイドン鉄道ブライトン・アンド・チチェスター鉄道英語版ブライトン・ルイス・アンド・ヘイスティングス鉄道と合併し、新たにロンドン・ブライトン・アンド・サウス・コースト鉄道が設立された。


脚注編集

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  1. ^ Bradley, (1975)
  2. ^ James (1823) pp. 9–12
  3. ^ Gray. (1977) pp. 5–6
  4. ^ Marshall/ Kidner (1963) pp. 193–194
  5. ^ Gordon (1910). p. 142
  6. ^ Gordon (1910). p. 143

参考文献編集

  • Bradley, D.L. (1963). Locomotives of the South Eastern Railway. Solihull: Railway Correspondence and Travel Society. OCLC 792763520 
  • Bradley, D.L. (1975). Locomotives of the London Brighton and South Coast Railway. 1. Railway Correspondence and Travel Society. ISBN 0-9011-1530-4 
  • Cooper, B. K. (1981). Rail Centres: Brighton. Nottingham: Booklaw Publications. ISBN 1-901945-11-1 
  • Dendy Marshall, C. F.; Kidner, R.W. (1963). A history of the Southern Railway. London: Ian Allan. OCLC 315039503 
  • Gordon, William John (1910), Our home railways, 1, London and New York: Frederick Warne & Co., OCLC 504411876 
  • Gray, Adrian (1977). The London Brighton Line 1841–1977. Blandford forum: Oakwood Press. OCLC 4570078 
  • James, William 『Report, or essay, to illustrate the advantages of direct inland communication through Kent, Surrey, Sussex, and Hants: to connect the metropolis with the ports of Shoreham, (Brighton), Rochester, (Chatham) and Portsmouth, by a line of engine rail-road』J. and A. Arch、London、1823年。OCLC 65253088https://books.google.com/books?id=eX0HAAAAQAAJ&pg=PA12017年1月28日閲覧 
  • Ryall, M.J.; Parke, G. A. R.; Harding, J. E., eds (2000). Bridge Management 4: Inspection, Maintenance, Assessment and Repair. London: Thomas Telford Publishing. ISBN 0-7277-2854-7 
  • Searle, Muriel V. (1986). Down the line to Brighton. London: Baton Transport. ISBN 0-85936-239-6 
  • Templeton, William 『The Locomotive Engine Popularly Explained』Simpkin, Marshall & Co.、London、1841年。OCLC 57296455https://archive.org/stream/locomotiveengin02tempgoog#page/n102/mode/2up 
  • Turner, John Howard (1977). The London Brighton and South Coast Railway. 1 Origins and Formation. London: Batsford. ISBN 0-7134-0275-X 
  • Whishaw, Francis 『The Railways of Great Britain and Ireland Practically Described and Illustrated』(2nd)John Weale、London、1842年。OCLC 833076248https://archive.org/stream/railwaysgreatbr00whisgoog