三村 正(みむら ただし、1920年6月30日 - 没年不明)は香川県出身のプロ野球選手投手)。

三村 正
基本情報
出身地 日本の旗 日本 香川県
生年月日 (1920-06-30) 1920年6月30日
身長
体重
167 cm
60 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1948年
初出場 1948年
最終出場 1948年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物 編集

志度商(現・香川県立志度高等学校)卒業。後にイーグルス[1]でプレーした小野寺洋は1年後輩に当たる。1939年より全京城でプレー。当時の全京城は強豪として知られ、三村の在籍時に2回(1940年1942年[2])優勝。三村も正捕手として大きく貢献した。都市対抗野球でバッテリーを組んだ投手に、野村清がいる。

終戦後の1948年南海に入団。しかし28歳での高齢の入団だったことや、正捕手・筒井敬三が活躍したこともあり、僅か10試合の出場(スタメンに名を連ねた事は一度もなかった)にとどまり、同年末に1年間のプロ野球生活をもって、引退した。引退後の消息は不明である。

詳細情報 編集

年度別打撃成績 編集

















































O
P
S
1948 南海 10 8 8 2 1 0 0 0 1 0 0 0 0 -- 0 -- 0 1 -- .125 .125 .125 .250
通算:1年 10 8 8 2 1 0 0 0 1 0 0 0 0 -- 0 -- 0 1 -- .125 .125 .125 .250

背番号 編集

  • 10(1948年)

脚注 編集

  1. ^ 1940年10月6日に黒鷲軍に改名したが、その時点でもプレーしていた。
  2. ^ 1941年の大会は戦争の激化により中止になったため、実質連覇したことになる。

関連項目 編集