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冬の大連中山公園の南門。右後方に見えるのは大連電視台

大連中山公園(だいれん ちゅうざんこうえん、中国語: 大連中山公園, 簡体字: 大连中山公园)は中国大連市沙河口区にある区立公園で、日本が大連を租借中聖徳公園となっていたところで、現在は労働公園などとともに、大連の観光地のひとつになっている。

歴史編集

次のような歴史がある。 [1]

  • 清朝末期まで、このあたりは劉家屯小山(劉家部落の丘)と呼ばれていて、人はほとんど住んでいなかった。
  • 1898年 旅順と大連を租借してロシアはここを緑地として計画し、緑地の南側に旅順中路(現在の黄河路・旅順中路)を建設していった。
  • 1911年 旅順と大連を租借してから日本は、緑地の西地区に聖徳太子堂を建てた。
    その後、緑地の南西地区の高台に聖徳神社が作られ、そこからは現在の珠江路を南東方面に見下ろして、その遠くに南山大連神社があった)を見通せた。
  • 1946年 日中戦争が終わり、旅順と大連が中国に復帰したあと、中山公園と改名。
  • 1949年 宋慶齢中央政府副主席(孫文の未亡人)が当公園を訪問。
  • 1954年 大連市が当公園を拡充。
    その後、聖徳神社を取り壊して、華宮を建設した。
  • 1982年 舞鶴市友好都市関係の締結記10周年念碑を設置。
  • 1999年 北九州市が友好都市関係の締結20周年記念碑を設置。
  • 2003年 沙河口区が樹木の植樹を進め、孫文の銅像を設置して、青林歩道(散歩用外周道)を作りなどして、自然公園として整備。

公園の特徴編集

 
聖徳太子堂(沙河口区老幹部大学)

公園は次のような特徴がある。[2]

  • 場所は、南は黄河路、北は大連電視台(大連テレビ局)、東は東北路、西は聯合路に囲まれたほぼ長方形の土地で、正門(南門)は黄河路に面している。
  • 面積は102,000平米。
  • 園内に70種類、2万余株の樹木を植えている。

園内には次の施設がある。

公園のこのあたりは「逸仙広場」と呼ばれている。台座の正面に「天下為公」の文字(孫文の座右の銘)、右側に公園の歴史、左側に公園の概況、裏面に孫文の簡単な紹介を書いた銅板を埋め込んである。
  • 華宮
公園の東南偶にある中国風のお宮に似せた白い建築物で、壁面には「南無阿弥陀仏」の文字が見える。ここに上がる石段に、土日には蚤の市がたつ。(以前の聖徳神社の跡地に建てられた。)
  • 青林歩道
一周約1,000メートルの舗装された歩道で、散歩に、ジョギングに利用されている。
  • 沙河口区老幹部大学
聖徳太子堂をそのまま使って、退役した共産党幹部の集会所にしている。
  • 舞鶴市、北九州市との友好都市関係の締結記念碑
  • テニス場2面
  • 市場
聯合路に面した広大な中国式の地下市場。

なお、公園の西側は沙河口区総合行政ビルに、西北隅は沙河口区少年宮に、北側は大連電視台に用地として削り取られてしまっている。また、日本租借時代に建てられたいくつかの石碑が、人知れずいまでも残っている珍しい場所である。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 以下、おもに公園内の孫文銅像の台座の右側説明文による。
  2. ^ 以下、公園内の孫文銅像の台座の左側説明文による。

外部リンク編集