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丸山豊治郎

丸山 豊治郎(まるやま とよじろう、慶応4年1月27日[1]1868年2月20日) - 昭和8年(1933年7月18日[2])は、衆議院議員立憲政友会)、ジャーナリスト

経歴編集

越後国頸城郡武士村(現在の新潟県上越市)出身。慶應義塾に入学するが、徴兵により歩兵第16連隊に配属された。除隊後も日清戦争の際には補充員召集により従軍した。

その後、菅原村長、中頸城郡会議員、同参事会員を歴任した。また「高田日報」を創刊し、社長に就任した。

1912年第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。合計で3期務めた。

脚注編集

  1. ^ 人事興信所『人事興信録 第五版』、1918年
  2. ^ 衆議院事務局『衆議院議員略歴 第一回乃至第二十回総選挙』、1940年

参考文献編集

  • 細井肇『現代日本の政治家』国光社、1916年。