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亀井 龍夫(かめい たつお、1930年8月6日 - 2010年10月23日[1])は京都市出身の編集者

略歴編集

父は京都帝国大学教授第三高等学校 (旧制)を経て、1954年東京大学文学部仏文科卒業。同年、河出書房に入社。主に文芸出版を担当した。

1957年に河出書房倒産に伴い退社し、フリーライターとなる。テレビ関連の仕事もこなした。

1957年11月、新潮社に入社。『週刊新潮』編集部で齋藤十一の薫陶を受ける。1985年、廃刊寸前の健康雑誌だった『新潮45+』が『新潮45』としてリニューアルされた際、同誌の編集長に就任。1987年4月、同誌5月号で横光利一作品を川端康成未発表作品として掲載する誤報事件を起こす[2]

新潮社取締役となり、『小林秀雄全集』ほか全集刊行を担当した。1999年6月、新潮社を退社。浜田マキ子主宰の『月刊ぺるそーな』編集人をしていたが2009年4月号で休刊勇退した。

2010年10月23日、肺がんのため東京都品川区の病院で死去。80歳没[1]

脚注編集

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  1. ^ a b 亀井龍夫氏死去 元新潮社取締役 - 47NEWS(よんななニュース)
  2. ^ 「横光利一の短篇と同一 川端康成の未発表小説」『中日新聞』1987年4月14日付