了徳密院(りょうとくみついん)は、兵庫県宝塚市に存在する東寺真言宗寺院

了徳密院
所在地 兵庫県宝塚市宝梅3-4-48
位置 北緯34度47分48.6秒 東経135度20分09.2秒 / 北緯34.796833度 東経135.335889度 / 34.796833; 135.335889座標: 北緯34度47分48.6秒 東経135度20分09.2秒 / 北緯34.796833度 東経135.335889度 / 34.796833; 135.335889
山号 七宝山
院号 了徳密院
宗派 東寺真言宗
創建年 大正8年(1919年
開山 日下義禅
別称 宝塚聖天
公式サイト 宝塚聖天了徳密院
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概要 編集

1919年了徳院の別院として建立される[1]

終戦から33年の1978年8月、「戦没者英霊礼拝堂」が建立される。日本全国の260万人の英霊を祀っている[2]屋上には実物大の日本軍戦闘機の模型が設置されている。戦前の宝塚市は戦闘機の町だった。1941年に現在の阪神競馬場の場所には川西航空機宝塚製作所が設置され、1944年には宝塚大劇場海軍に接収され航空隊の訓練基地となっていた[3]

戦没者英霊礼拝堂の建物の中には木彫りの観音像を中心として戦時中の写真位牌が並んでおり、彼岸の時には中を見ることができる。建物の入り口の掲示板には、特攻隊の兵士の遺書や、家族から特攻隊に宛てた手紙が張られている[4]

1995年阪神・淡路大震災ではほとんどの建物が壊滅したが、1999年に復興[4]

脚注 編集

  1. ^ 東寺真言宗 宝塚聖天 七宝山了徳密院 由緒ページ”. www.ryomitu.com. 2023年6月16日閲覧。
  2. ^ Date-SKN (2019年9月15日). “宝塚聖天英霊礼拝堂「大光明殿」”. 近代史跡・戦跡紀行~慰霊巡拝. 2023年6月16日閲覧。
  3. ^ 神戸新聞NEXT|映像・写真|動画一覧|ニュース|消えゆく証【2】宝塚” (Japanese). www.kobe-np.co.jp (2014年8月15日). 2023年6月16日閲覧。
  4. ^ a b China, Record. “<コラム>終戦に思う、宝塚聖天に戦没者を慰霊するための実物大「ゼロ戦」レプリカがある”. Record China. 2023年6月16日閲覧。