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二階堂 貞明(にかいどう さだあき)は、下野喜連川藩家老。号は量山(りょうざん)。

 
二階堂貞明
時代 江戸時代末期(幕末
生誕 文化13年(1816年
死没 慶応4年(1868年)8月
改名 量山
主君 喜連川煕氏
氏族 二階堂氏
貞則

第9代喜連川藩主である喜連川煕氏に仕えた家老で、煕氏と一緒に藩政改革を行なった。だが改革は下士からの批判が強く、煕氏が亡くなると失脚した。

慶応4年(1868年)8月、子の貞則と明治政府に対して喜連川縄氏会津藩と内通したと讒訴した。このため、縄氏によって貞明・貞則父子は斬首及び曝し首の刑に処された。享年53。

参考文献編集