井上 正意(いのうえ まさむね、宝暦9年7月16日1759年8月8日) - 天明4年2月17日1784年4月6日))は、常陸下妻藩の第4代藩主。父は第3代藩主・井上正辰(正意は長男)。母は太田資晴の娘。正室は牧野忠精の養女(実父牧野忠知)、継室は堀直泰の娘。官位は従五位下、遠江守。

宝暦10年(1760年)、父の死去により幼くして跡を継ぐ。安永3年(1774年)12月に叙任する。藩政では治水工事や倹約令を出すなどして、藩財政の再建を図ったが、効果は無かった。天明4年(1784年)2月17日、26歳で死去し、跡を養嗣子の正棠が継いだ。法号は彰山日輝義雲院。墓所は東京都台東区谷中霊園