会津藩家世実紀(あいづはんかせいじっき)又は会津藩家世實紀は、会津藩編集方により編集発行された会津藩史であり、総合的な歴史書。初代保科正之の時代から7代藩主松平容衆までの藩政や庶民の歴史を記している。全278巻[1]

文化2年(1805)に6代藩主・松平容住が28歳で病死したとき、7代藩主となる松平容衆はわずか3歳だったため、田中玄宰をはじめとする家老達が、容衆が成長したとき会津藩のことを詳しく知ることが出来るようにと協議し、初代の保科正之の誕生のいきさつから始まり、以降の様々な事柄を記録してまとめたものである。

序文によれば、文化8年(1811)から文化12年(1815)まで歳月を掛け、編纂にさいしては、若松の藩庁の記録をはじめ、江戸や諸役場、町・郷村記録なども参考にした。寛永8年(1631)から文化3年(1806)まで176年にわたる膨大な内容は、保科松平の家政の出来事や政治関連のことばかりでなく、町方といわれる武士以外の町人や農民たちの事件、犯罪、異常気象など、藩当局にとっては都合の悪い出来事なども、すべて事実を記載したと詞書にある。これが「会津保科松平家の正史」と言われる由縁であり、多岐にわたる内容から同時代を知る一級資料となっている。

近代以降に校訂を加え出版されたものは、会津藩家世実紀刊本編纂委員会(丸井佳寿子委員長)によって厳密な校訂がなされた活字本の刊行が進められ、昭和50年(1975)から随時、吉川弘文館で出版され、全277巻を15冊にまとめたかたちで平成元年(1989)に完結した。さらに、1990年には全ての項目を一覧に列挙した『会津藩家世実紀綱文』が歴史春秋社から出版された[2]

脚注編集

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外部リンク編集

  • 山中玲子「『会津藩家世実紀』能楽関係記事をめぐって」『能楽研究』第28号、法政大学能楽研究所、2003年、 37-67頁、 doi:10.15002/00002858ISSN 0389-9616NAID 110004682113
  • 大塚實「会津藩『家世実紀』にみる凶作・飢饉についての考察--特に天明の飢饉を中心として」『会津若松市史研究』第2号、会津若松市、2000年11月、 4-28頁、 NAID 40005253212
  • 大塚實「会津藩『家世実紀』にみる藩政初期における藩内抗争--成瀬主計、保科民部の追放をめぐって」『会津若松市史研究』第3号、会津若松市、2001年10月、 4-25頁、 NAID 40005253224
  • 野沢謙治「『家世実紀』にみる会津藩保科家・松平家の冠婚葬祭 (第53回大会特集)」『風俗史学 : 日本風俗史学会誌』第53号、日本風俗史学会、2013年7月、 66-77頁、 ISSN 1344-1140NAID 40020124054