分極磁場印加法(ぶんきょくじばいんかほう 英語: Pre-Polarization)とは低磁場の核磁気共鳴分光核磁気共鳴画像においてFID信号の測定前に強力な磁場を印加することにより、磁化を増大させて取得される核磁気共鳴信号強度を高める手法。

概要 編集

低磁場中で核磁気共鳴信号を測定しようとすれば印加される静磁場の強度が低く信号強度が弱くなるので、プロトン磁力計のように地磁気に対して約1000倍の分極磁場をFID信号の検出前に数秒間印加してプロトンの核スピン軸を一方向に揃える[1][2][3][4]。この時に印加される分極磁場は均一である必要はない[5]。分極磁場の印加後、プロトンは外部磁場方向を回転軸とする歳差運動を始め、外部磁場の向きにスピンが揃うまでの間に外部磁場の強度に比例した周波数(ラーモア周波数)の電磁波を放射する(自由誘導減衰:FID)[6]。この時の外部磁場は分極用の磁場と比較して低強度ではあるものの、ppm 以下の高い均一性を要求される[3]

磁場の印加にはコイルに電流を流す方法とハルバッハ配列[要出典]永久磁石の配列を制御したり永久磁石試料に一時的に近づける[要出典]方法がある[7][8]

事前分極済みの核スピンを検知する場合、FID信号の強度は分極磁場とは独立となり、地磁気程度の極めて弱い磁場下でのFID信号の検知が可能となる[9][10]。FID信号の周波数は外部磁場強度に比例するため、数十μTの超低磁場NMR/MRIのFID信号はkHzオーダーの低周波数となり、誘導コイルでは十分な感度が得られないのでFID信号の検出に使用される素子はこの周波数帯に高い感度をもつ超伝導量子干渉素子 (SQUID) や光ポンピング磁力計が使用される[2][11][5]

光ポンピング磁力計を使用する場合に同一磁場中に試料およびガラスセルを設置すると、アルカリ金属原子の電子スピン偏極の磁気回転比はMRIにおいて主に計測対象となるプロトンの約164倍であるため、共鳴周波数の不一致により計測感度が低下するのでフラックストランスフォーマ(flux transformer : FT)を用いた遠隔計測法が提案されている[12][13]

ロスアラモス国立研究所では野戦病院開発途上国での使用を想定して開発が進められる[14]

核磁気共鳴信号の検出では2011年には 4.4 mT の分極磁場を印加後、0.047 mT の静磁場で4pTの核磁気共鳴信号の検出が報告された[15]

核磁気共鳴画像の撮像では2006年に400 mT の分極磁場を印加後、52 mT の静磁場で核磁気共鳴画像の撮像が報告され[16]、2013年には 80 mT の分極磁場を印加後、4 mT の静磁場で核磁気共鳴画像の撮像が報告された[11]

核磁気共鳴画像法に適用した場合、磁石のコストが大幅に低減できるものの、コンピュータ断層撮影と同様の方法で再構成する事は可能だが撮像時点でのスライス選択が不可能等の本質的な欠陥を内包する[17]。既に10年以上に渡り、開発が進められているものの、本格的な実用化には至っていない[17]

用途 編集

脚注 編集

  1. ^ J. Stepisnik (2006年2月16日). “Spectroscopy: NMR down to Earth” (PDF). ネイチャー 439 (7078): 799-801. doi:10.1038/439799a. http://www.fmf.uni-lj.si/~stepisnik/obj_clanki/NatureStepisnik.pdf. 
  2. ^ a b 廿日出 好; 村田 隼基; 綱木 辰悟; 田中 三郎 (9 November 2012). 常温磁束トランスと高温超伝導SQUIDを用いた地磁気NMR計測装置の試作. 秋季低温工学・超電導学会. 低温工学・超電導学会. 2016年9月19日閲覧
  3. ^ a b Louise Knapp (2001年3月28日). “安価な磁石を採用した超低価格MRI、開発へ(上)”. wired.jp. http://wired.jp/2001/03/28/安価な磁石を採用した超低価格mri、開発へ上/ 2016年9月21日閲覧。 
  4. ^ Louise Knapp (2001年3月29日). “安価な磁石を採用した超低価格MRI、開発へ(下)”. wired.jp. http://wired.jp/2001/03/29/安価な磁石を採用した超低価格mri、開発へ下/ 2016年9月21日閲覧。 
  5. ^ a b Mathieu Sarracanie; Cristen D. LaPierre; Najat Salameh; David E. J. Waddington; Thomas Witzel; Matthew S. Rosen (2015年). “Low-Cost High-Performance MRI”. Scientific Reports 5. doi:10.1038/srep15177. 
  6. ^ 田中三郎 (2013年8月1日). “特集:SQUID 応用・医療応用「超低磁場 NMR/MRI」” (PDF). 超電導 Web21 (国際超電導産業技術研究センタ). http://www.istec.or.jp/web21/pdf/13_08/J3.pdf. 
  7. ^ 超低磁場MRI異物検査装置. http://www.chinokyoten.pref.aichi.jp/project01-03/pdf/38.pdf 2017年4月11日閲覧。. 
  8. ^ Ultra-low field MR, https://cai.centre.uq.edu.au/research/ultra-low-field-mr 
  9. ^ “廉価でコンパクトな携帯型 MRI” (PDF). NEDO海外レポート (986). (2006-10-04). http://www.nedo.go.jp/content/100106889.pdf. 
  10. ^ Shoujun Xu; Valeriy V . Yashchuk; Marcus H. Donaldson; Simon M. Rochester; Dmitry Budker; Alexander Pines (2006-08-22). “Magnetic resonance imaging with an optical atomic magnetometer” (PDF). 全米科学アカデミー会報 103 (34): 12668-12671. doi:10.1073/pnas.0605396103. http://www.pnas.org/content/103/34/12668.full.pdf. 
  11. ^ a b Savukov, I; Karaulanov, T (2013年). “Magnetic-resonance imaging of the human brain with an atomic magnetometer”. Applied Physics Letters 103 (043703). doi:10.1063/1.4816433. 
  12. ^ 超低磁場MRIにおける光ポンピング原子磁気センサと直交位相フラックストランスフォーマを用いたSNRの改善”. 2017年4月11日閲覧。
  13. ^ 武藤正人; 笈田武範; 小林哲生 (2013年). “光ポンピング原子磁気センサを用いた超低磁場MRI実現に向けた複数鞍型フラックストランスフォーマの検討”. 電子情報通信学会技術研究報告 MBE, ME とバイオサイバネティックス 113 (373): 69-74. 
  14. ^ Vadim S Zotev; Andrei N Matlashov; Petr L Volegov; Algis V Urbaitis; Michelle A Espy; Robert H Kraus Jr (2007-10-18). “SQUID-based instrumentation for ultralow-field MRI” (PDF). Superconductor Science and Technology 20 (11). https://www.researchgate.net/profile/Petr_Volegov/publication/230921579_SQUID-based_instrumentation_for_ultralow-field_MRI/links/0fcfd50aa7aa026682000000.pdf. 
  15. ^ J Hatta; M Miyamoto; Y Adachi; J Kawai (2011). “SQUID-based low field MRI system for small animals”. IEEE Transactions on Applied Superconductivity 21 (3): 526-529. https://www.researchgate.net/profile/Junichi_Hatta/publication/224197574_SQUID-based_low_field_MRI_system_for_small_animals/links/56fcfe3808ae3c85c0c9430a.pdf. 
  16. ^ Matter NI; Scott GC; Venook RD; Ungersma SE; Grafendorfer T; Macovski A; Conolly SM (2006年). “Three-dimensional prepolarized magnetic resonance imaging using rapid acquisition with relaxation enhancement”. Magnetic resonance in medicine 56 (5): 1085-1095. doi:10.1002/mrm.21065. http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mrm.21065/full. 
  17. ^ a b ISMRM2006第6日目(5月11日(木))の報告”. 2016年10月24日閲覧。[出典無効]

参考文献 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集