前鼻音化
前鼻音化(ぜんびおんか、英語: prenasalized)とは、子音の入りわたりに同器官的な鼻音が加えられることをいう[1][2]。
国際音声記号ではしばしば上付きの記号を用いて、[ᵐb, ⁿd, ᵑɡ]のように表記されるが、紛らわしくない場合には単に[mb, nd, ŋɡ]のように書かれる[3]:119。短音記号を用いて[m̆b, n̆d, ŋ̆ɡ]と書くこともある[4]:265。
概要
編集前鼻音化閉鎖音においてはまず軟口蓋が下げられた状態で口の閉鎖が形成され、短い鼻子音が発音された後に軟口蓋をもち上げ、その状態で閉鎖を開放して口子音を出す[2][5]:148。
前鼻音化し得る子音には閉鎖音(破擦音を含む)と摩擦音があるが、ふるえ音も前鼻音化するかもしれない[3]:118-119。
ほとんどの言語において前鼻音化子音は有声音だが、(通常有声の)鼻音部分の後に無声の口子音がつづく言語もある[3]:123。
言語によっては前鼻音化子音と鼻子音+口子音の子音結合の間に区別があるとされる。有名な例としてシンハラ語で[laⁿda](盲目の)と[landa](雑木林)が区別されるといわれるが、ラディフォギッドとマディソンによると音声的にはむしろ単子音鼻音と重子音鼻音の間の区別と考えた方がよいという[3]:119-121。
中国語の方言の記述などで、鼻子音の出わたりが非鼻音化した音が[mᵇ, nᵈ]のように書かれることがあるが、これが音声的に前鼻音化子音と違うものかどうかは調べられていない[3]:127-128。
言語例
編集前鼻音化はアフリカの諸言語(バントゥー諸語など)やオーストロネシア語族の諸言語に広く見られる[1]。
日本語の前鼻音化
編集日本語のいくつかの方言には前鼻音化閉鎖音が見られる。有名なのは東北方言であり、標準語の語中の濁音に規則的に前鼻音化閉鎖音が対応する(ただしガ行では前鼻音化子音ではなく鼻音[ŋ]が出現する)。[maⁿdo](窓)、[taᵐbi](旅)など[1]。
高知方言ではガ行・ダ行の濁音にのみ前鼻音化閉鎖音が対応する。[kaᵑɡami](鏡)、[eⁿda](枝)など。ただし高年層にしか前鼻音化子音は残っていない[1]。
鼻子音+閉鎖音の子音結合とは異なって鼻音部分は短く、たとえば[eⁿda](枝)は標準語の[eda]と同様に2モーラで発音される[1]。なお、これらを先行する母音の鼻母音化と記述しているものもある。
ロドリゲス『日本大文典』の記述などから、中世末期の日本語においてガ行およびダ行の子音は語中では前鼻音化していたと推測されている[7]。
脚注
編集- ^ a b c d e 「前鼻音化閉鎖音」『言語学大辞典 術語編』 6巻、三省堂、1995年、848頁。ISBN 4385152187。
- ^ a b 「前鼻音化(の)」『オックスフォード言語学辞典』朝倉書店、2009年。ISBN 9784254510300。
- ^ a b c d e f g Ladefoged, Peter; Maddieson, Ian (1996). The Sounds of the World's Languages. Blackwell. ISBN 9780631198154
- ^ ジェフリー・K・プラム、ウィリアム・A・ラデュサー 著、土田滋・福井玲・中川裕 訳「短音記号」『世界音声学記号辞典』三省堂、2003年、264-265頁。ISBN 4385107564。
- ^ a b c Ladefoged, Peter (2001). A Course in Phonetics (4th ed.). Heinle & Heinle. ISBN 0155073192
- ^ Maddieson, Ian (1989). “Prenasalized stops and speech timing”. Journal of the International Phonetic Association 19 (2): 57-66. JSTOR 44526031.
- ^ 山田昇平「ロドリゲス『日本大文典』における “sonsonete”―濁音前鼻音記述をめぐって―」『四天王寺大学紀要』第58号、335-352頁、2014年 。