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勝野 森之助(かつの もりのすけ、生年不詳 - 文久3年(1863年))は、幕末の志士。勝野豊作正道の子、母はチカ。諱は正倫

父とともに旗本阿部政成の家臣。父の尊攘活動を助け、水戸密勅事件にも関与した。そのため安政5年(1858年安政の大獄が起こると父は水戸へ逃れるが、森之助をはじめ母のチカ、弟の保三郎、姉妹のユウらとともに江戸で捕縛される。四人は父の潜伏先を尋問されるも遂に口を割る事はなかった。安政6年(1859年)父は没するが、家族は押込刑、自身も三宅島に遠島刑となった。文久3年(1863年)赦免されて江戸に帰るが、程なくして亡くなった。

参考文献編集

  • 蒲生重章「勝野森之助傳」:『近世偉人傳・二編』(明治11年)より