昭和42年7月豪雨 > 北摂豪雨

北摂豪雨(ほくせつごうう)は、1967年(昭和42年)7月9日大阪府北摂を中心とした地域に発生した集中豪雨の影響による災害である。西日本一帯に多大な被害を出した昭和42年7月豪雨の一部とされている。この豪雨をきっかけとして、北摂の治水が根本的に見直された。

北摂豪雨
発災日時 1967年7月9日
被災地域 日本の旗 大阪府北部(北摂
災害の気象要因 集中豪雨
気象記録
最多雨量 北摂で255mm
人的被害
死者
61人
建物等被害
全壊
41棟
床上浸水
250000棟
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この豪雨は昭和42年北摂豪雨とも呼ばれ、死者61名を出した水害である。

概要編集

当日、梅雨前線による豪雨が大阪府北部(北摂)を襲い、1日で225mmという雨量を記録した。また、16時からの6時間までの雨量は187mmと激しく降った。1時間あたりの雨量も50mm近くに達した。

引き起こされた水害は、死者61名、住宅の全半壊41戸、浸水約25000戸、河川堤防決壊12箇所などである。

茨木市箕面市摂津市などが甚大な被害を受けたほか、茨木市の河口では橋が流されて大破した。

対策編集

その後もたびたび水害を繰り返したが、この豪雨をきっかけに抜本的な治水対策として安威川ダム建設計画が立案され、建設が進んでいる。

参考文献編集

関連項目編集