1967年8月当時の千歳橋

千歳橋(せんさいはし)は、長野県松本市女鳥羽川に架かる橋。松本市市街地を分断するように流れる女鳥羽川に架けられ、武家地の大名町地区(現在の大手3丁目)と、町人地の本町地区(現在の中央2丁目)をつなぐ橋として重要である。この橋を渡りまっすぐ北に向かうと松本城の入り口になる。

概要編集

女鳥羽川の本来の流路は現在とは違っていた。それを1550年小笠原長時との戦いに勝ちこの地を支配するようになった武田氏[1]が深志城(松本城の旧称)を整備する際に、城の外堀の機能を持たせるために流路を変更したという。その川の流れの中でも、川の北側は武家地であり、南側は町人地であるとともに合流した野麦街道善光寺街道がさらに北に向かうために武家地には入れず迂回する地点に近い[2]という枢要な橋であった。

元は大手橋と言う、木製の橋であった。 木製ゆえ度々流されたが、1876年(明治9年)になって取壊した大手門門台の石を利用した石橋に替えられた。 石製なので、流される事なく千年も万年もと願って千歳橋となった。

この橋の先には大手門があり、町人は通れなかった。町人がこの橋を渡り大名町通りに往来が出来るようになるのは、1870年(明治3年)3月からである。 橋の北側のクランクは大手門の枡形の名残である。南側には1889年(明治22年)に移された、高札場があった。

近代になっても、現代であっても、松本の中心的な市街地を結ぶ橋としての性格は変わらない。

千歳橋の写真画像編集

直近周辺編集

脚注編集

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  1. ^ 『松本まるごと博物館 ガイドブック』松本市立博物館、2008年3月、61ページ
  2. ^ 『松本まるごと博物館 ガイドブック』付録地図

関連項目編集