メインメニューを開く

各務 元峯(かがみ もとみね、元亀3年(1572年) - 慶長13年10月15日1608年11月22日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将美作津山藩家老高田城代。

経歴編集

美濃各務氏当主で、森家家臣各務元正の長男。通称は四郎兵衛。正室は林為忠の娘。子は各務利峯。弟は各務正休。従兄弟に各務正保

森忠政に仕え、禄高は森家家臣筆頭の8000石で高田城代を勤める。慶長13年、大谷村石山の石切場で同僚の小沢彦八と喧嘩になり彦八を殺害、仲裁に入った細野左兵衛も元峯の家臣に殺害される事件を起こし、その責任を取って翌日に切腹した。話を聞いた忠政は喧嘩両成敗で3家の家禄を没収した。後に、孫の各務正直が2000石で召し出された。玄孫の清右衛門は藩主家に養子入りし赤穂藩第3代藩主森長生となった。