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6代吉田 三郎右衛門(よしだ さぶろううえもん、1864年8月2日(元治元年7月1日[1])- 1918年大正7年)5月27日[2])は、日本の漁業家、実業家政治家衆議院議員。初名・岩太郎[3]

経歴編集

蝦夷地松前(現松前町)で海産物商、5代・吉田三郎右衛門の長男として生まれる[1][3]1884年に父の死去に伴い家督を相続し三郎右衛門を襲名し、鰊漁業、海運業を営む[3]松前郡商工事務通信員、福山市街各町連合総代人、松前郡総代人、福山町会議員、北海道会議員、所得税調査委員、松前銀行頭取、東洋火災保険取締役などを務めた[1][2][3]

また、日清戦争日露戦争において多額の軍資金を献金し、その他、公共事業等にも多額の金品等の寄付を行った[2][3]

1917年4月、第13回衆議院議員総選挙で北海道庁函館外三支庁管内から出馬して当選したが、衆議院議員在任中に病のため死去した[2][3]

脚注編集

  1. ^ a b c 『人事興信録』第4版、よ33頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』707頁。
  3. ^ a b c d e f 『北海道人名辞書』第二版、642頁。

参考文献編集

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 金子信尚編『北海道人名辞書』第二版、北海民論社、1923年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第4版、1915年。