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唐括 石哥(とうかつ せきか)は、の廃帝海陵王の妃嬪。貴妃唐括定哥の妹。

経歴編集

初め、皇族の完顔文(完顔宗望の息子)の正妻であった。

貞元元年(1153年)、海陵王は完顔文に「ただちに離婚しなければ、お前を処刑する」と脅した。完顔文は拒んだが、文の母は「何故、妻のため殺されねばならないのです」と説得した。文はやむなく、泣いて抱きしめた後、石哥を献じた。

同年12月22日(西暦で1154年)、唐括定哥は賜死となり、石哥も実家へ追い返された。石哥は数日後、皇宮に召還されて修容に封ぜられ、翌貞元2年(西暦で同年)に昭儀に進んだ。男子を1人産み、柔妃、さらに麗妃となった。

息子編集

  • 宿王 矧思阿補 (1156年 - 1158年)– 海陵王との子

伝記資料編集