メインメニューを開く

土岐 定義(とき さだよし)は、安土桃山時代から江戸時代前期の武将、大名沼田藩土岐家初代。

 
土岐 定義
時代 安土桃山時代 - 江戸時代前期
生誕 天正8年(1580年
死没 元和5年1月8日1619年2月22日
別名 与五郎(通称
墓所 大阪府高槻市天神町の霊松寺
官位 従五位下、山城
幕府 江戸幕府
主君 徳川家康秀忠
下総国守谷藩主→摂津国高槻藩
氏族 土岐氏
父母 父:土岐定政、母:鳥居元忠の娘
兄弟 頼顕、定義、直子(本多成重室)
正室:諏訪頼水の娘
頼行滝川利貞頼豊頼親頼久、娘(牧野尹成正室)

土岐定政の次男。長兄が早世したため、慶長2年(1597年)の父の死後、家督を継いだ。所領は下総国守谷1万石。徳川秀忠に仕え、関ヶ原の戦いでは秀忠軍に従って真田昌幸が守る信州上田城攻めに参加した。

慶長7年(1602年)、常陸国佐竹義宣秋田に減封されたとき、水戸城の守備を務めた。慶長19年(1614年)からの大坂の陣では、冬の陣では秀忠軍に従って参戦したが、夏の陣では江戸城の守備を任じられた。元和3年(1617年)、摂津国高槻2万石に加増移封され、元和5年(1619年)1月8日、40歳で死去した。家督は長男の頼行が継いだ。

関連項目編集

  • 高槻城 - 近代城郭として改修した。