堀 直宣(ほり なおのぶ、宝暦12年1月6日1762年1月30日) - 天明元年8月10日1781年9月27日))は、江戸時代中期の大名で、越後椎谷藩第7代藩主。椎谷堀家10代。第6代藩主・堀直著の長男。正室はなし。通称は直一朗。官位は従五位下、備前守。

明和5年(1768年)、父の死により7歳で藩主に就任した。天明元年(1781年)、20歳で死去した。子がなかったため、家督は弟の著朝が継いだ。

系譜

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父母

養子