堀 直著(ほり なおあき、享保13年5月5日1728年6月12日) - 明和5年4月21日1768年6月5日))は、江戸時代中期の大名で、越後椎谷藩第6代藩主。直之堀家8代。信濃須坂藩主・堀直英の三男。母は堀直佑の娘。正室は板倉昌信の娘。子は堀直宣(長男)、堀著朝(次男)、堀直知(三男)、堀直興(四男)、娘(本堂親常正室、のち近藤寿用継室)。通称、千之允。従五位下、大膳亮。

宝暦元年(1751年)、先代藩主・直喜の養子となり家督を相続した。明和5年(1768年)死去し、跡を長男の直宣が継いだ。